Unknown Title

柏木しき

第1話

「ただいま」

 誰もいない真暗なワンルームに響いた自分の乾いた小さな声は、想像以上に生気がない、あまりにも滑稽な声だった。自分の声だと思えなかった。

 玄関の入口近くに立ててある鏡をそっと覗けば、そこには10歳くらい老け込んだ自分の顔があった。くすんだ顔色、目元には黒ずんだクマ。半年前までは肌艶も良かったはずなのに、どうしてこうなってしまったんだろうか。


 毎日毎日、朝早くから夜中まで無機質なビルの16階でパソコンの打鍵音を響かせるだけ。ほぼ誰とも会話せず、黙々と作業をこなすだけの日々。その日の仕事が終わっても誰とも飲みに行くわけでもなく、まっすぐ自分の家に帰って休みの日に買い込んだカップ麺をSNSを眺めながら啜った。


 SNSには自分の世界とはかけ離れた、華やかで美しく輝いたもので溢れていた。「昨日は飲みすぎたね」と友達との居酒屋での写真、「いつもありがとう」と彼氏との通話記録のスクリーンショット、「うちの子可愛すぎる」とトイプードルと風景の写真。タップしてスワイプしても、同じ世界で起こった出来事だとは思えず、世界を羨んだ。その度に大きな溜息と眉間の皺が重ねられて、それはそれは大きなモンスターが302号室のワンルームに生まれそうであった。


 誰かと繋がっていたいのに、世界は誰も僕のことを見ちゃいない。僕にはスポットライトなど1ミリも当たることなく、静かに灰のように消えてなくなる人生なのだ。いつからかそう考えるようになってしまった。今日が終わればまた明日が来る。ハムスターが回し車をまわすように、いつも変わらない味気ない日常が、また明日もやって来るんだ。そんなことを考えながら、辛うじて残った気力でシャワーを浴び、部屋の電気を消してシングルベッドに入った。涙すら出てこなかった。嗚呼、僕という人間は、すっかり枯れ果てて何も無くなってしまったのだなと、その時静かに感じた。


 本当は僕もわかっている。行動しなければ何も起こらないこと。でもその一歩を踏み出す勇気も、気力も、全てあの無機質なビルの16階に吸い取られてしまっているんだ。僕は何も悪くない。

「このまま、消えてしまえたらな……」

 試しに口に出してみたその言葉は、あまりにもしっくり来て。このまま実行するのも悪くは無い。どうせ、どうせ明日もまた同じように生きるのだから……。

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