第27話 打開策

「その考えは正しかったみたいです。今ではみんな、聖女アリアの罵倒を求めるようになりましたから」

 

 両膝をついたカルロスがアリアを見上げて計画の成果を告げる。

 

「どうです? この国にオレと同じ趣味の奴がいっぱいになったでしょう?」

 

 勝ち誇ったような笑みに、アリアはしっかり立っていられなくなった。ふらつく脚を祭壇に手をついてどうにか支える。

 

(まさか……これまでのことがカルロスの仕業だったなんて……っ)

 

 異様な導きも。

 それが流行したのも。

 無慈悲な聖女と陰で囁かれるようになったのも。

 全部、全部、全部、カルロスのせい……。

 

 驚くべきは、その実行力。

 恐ろしきは、その執念。

 

 アリアは怒鳴る気力も失っていた。

 腹は、当然たっている。だけどそれ以上に感心していた自分がいた。

 

 そういえば、と力なくアリアは遠い昔を思い浮かべる。

 

「出会ったころのカルロスさんは今とはちがっていた……ような気もするのです」

 

 今となっては出会った頃のカルロスがどんなふうだったかも思い出せない。それは現在の印象が強すぎるからなのか、彼の言うとおり影が薄かったからなのかはわからない。もしかしたら、その両方なのかもしれない。

 

 眼下で跪くカルロスが不思議そうに目を瞬かせる。

 

「おや? 感想はそれだけですか? オレに陥れられて頭にこないんですか?」

「こんなことをされて頭にこないわけがないのです。お腹の底が怒りでグツグツと沸騰しそうなのですよ。でも、すでに流行してしまったものは仕方ないのです。今さらどうすることもできないのですよ。それに、激情にかられて罵ったりしたらそれこそカルロスさんの思うツボなのです」

 

 アリアは必死に自分のなかに住まう獣を抑えつけていた。

 カルロスが今になって自身の行いを吐露した目的は明白だ。

 思いっきり罵倒してもらうためだ。

 

 ならば、せめて最後くらいは抗ってやる。

 すべてを計画どおりにさせてなどやるものか。

 

 はあー、とカルロスが残念そうに立ち上がった。

 

「さすがは聖女アリアですね。誰よりもオレのことをわかっていらっしゃる」

「……カルロスさんのことなどわからないのです」

 

 わかりたくもない。

 

「なら、気持ちが赴くままにオレを責めてくれてもいいんですよ?」

「……わたしは聖女なのです。自分事で感情に任せて相手を責めることはしないのです」

 

 ほらやっぱりとでも言いたげにカルロスが肩をすくめる。

 

「素直になれば楽ですよ? それを今ではみんなが望んでますしね。良いことづくめじゃないですか」

「それでもわたしはいやなのです。ひどいことを言う自分も嫌いなのです」

「そうですか」

 

 カルロスが赤色の絨毯に視線を落とし、すぐに顔を上げる。

 

「じゃあ、ここからは聖女様と信者としてじゃなく、幼馴染として言わせてもらうよ」

「幼馴染として、なのです?」

「ああ。だからアリアも聖女じゃなくて友人として接してくれないか?」

「カルロスと友達になった覚えなんてないのです」

「アハハ、その調子で頼むよ」

 

 軽い調子でカルロスが続ける。

 

「アリアも気づいてると思うけどさ。オレが今になってこんな話をしたのはお前に罵ってもらおうと思ったからだ。あわよくば踏んだり蹴ったりしてもらおうとも思ってた」

「それは残念だったのですね」

 

 予想どおりすぎて驚きも何もない。ただただ呆れるだけだ。

 

「だけど反省もしてるんだ。関係のないアリアを利用して悪かったよ」

「カルロスにもまだそんな感覚が残っていたのですか。ちょっとびっくりなのです」

「昨日の夜、クリスタにも聞かされたからな。アリアが苦しんでるって」

「クーちゃん……」

 

 持つべきものは親友だ。

 優しさが温かくて涙が出そうになる。

 

「だからさ。お詫びってわけでもないんだけど、今の状況を変える方法を教えるよ」

「それは……つまり、どういうことなのです?」

「この方法なら今の導きが減ると思うぞ」

「カルロス……っ! 感謝するのですよ……!」

 と、アリアの瞳からは本当に涙がこぼれた。

 

 もうあの導きをしなくてもいいという安堵と、普通の導きがようやく出来るという喜びに泣けた。

 

 おいおい、とカルロスが爽やかに白い歯を覗かせる。

 

「礼ならすべてが解決してからでいいぞ?」

「ぐす……っ。でも、ほんとうにそんなことができるのですか?」

 

 現在となっては罵倒する導きが日常になりつつある。それを覆す方法などアリアには想像もつかなかった。

 

「割と簡単さ。なんにでも限度があるだろ? オレみたいな玄人はともかく、最近になって罵倒される喜びに目覚めた素人連中には適応できないはずだ」

 

 そしてカルロスは異様な導きの終わらせ方を提示した。

 しかし、それはアリアにとって耳を塞ぎたくなるような方法だった。おぞましい方法と言ってもいい。

 

 アリアは反射的に拒絶を示した。

 

「そんなの無理なのです!」

「だけど、これが一番てっとり早いと思うぞ」

「そうだとしても……」

 

 無理なものは無理だ。

 

「だったら今のままでいいのか?」

「それは……いやなのです」

 

 だろ、とカルロスが巻き舌気味に言う。

 

「ま、騙されたと思ってやってみてくれよ。そうだな……十日。十日もすれば新しい世界が開けるはずだからさ」

「うー……そこまで言うなら……とりあえず十日だけがんばってみるのです」

 

 十日だけ我慢すれば普通の導きに戻れる。

 それを心の支えにアリアはカルロスの提案を受け入れた。

 

「さっすが聖女アリア! 期待してますよ!」

 

 そう言ったカルロスの表情が妙に明るくて不自然に爽やかだった。

 その顔を昔、どこかで見た気がしたけれど、アリアは思い出せなかった。

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