第18話 アリアとソロの出会い

「聖女セレーナ! 聖女セレーナはご無事なのですか!」

 

 マザー聖堂の扉を開けたアリアが転がるように中へ入る。

 と、そこにはセレーナと白色のスカプラリオを着た少女。少女の後ろに二人の青年。

 その様子を少し離れたところで見守る、トーマスとカルロスの姿があった。

 

「そんなに慌ててどうしたのですか、聖女アリア」

 と、五体満足のセレーナがいつもの笑顔で言う。

 

「どうしたって……」

 

 それはこちらが訊きたい。

 困惑しながら額の汗を拭うアリアの後ろで、息をきらせたクリスタが入ってきた。

 

「はあ、はあ……もうっ、アーちゃんってば速いよー。置いてくなんてひどーい」

 

 扉が重い音を立てて閉まる。

 

 聖堂内にさっと視線を巡らせたクリスタがカルロスの姿を見つけるや否や、ツカツカと大股で近づいていった。

 

「お兄ちゃん! なんでお兄ちゃんがこんなトコにいるのよ!」

「そりゃあ、オレがこの人たちを案内してたからな。ああ、案内してきたのは長老もか」

 

 クリスタは三人組を一瞥し、カルロスの胸ぐらを掴んだ。

 

「はあ? バッカじゃないの! お兄ちゃん、このまえ自分で言ってたこと忘れたの?」

「オレが言ってたこと?」カルロスが自身の顎を撫でる。「あれか? たまにはもっと激しく責められたいな、って」

「ちがう!」

「なら、ムチで叩かれるのってどんな気分なんだろ、ってやつか」

「バカ! バカバカバカ! 死ね!」

 

 叫びながらクリスタがカルロスを前後に揺すり、最後には突き飛ばす。

 よろめいたカルロスが口もとを緩ませた。

 

「クリスタ……罵ってくれるのは嬉しいけど、もう少し語彙はどうにかならないか? バカと死ねばっかりだとさすがのお兄ちゃんもマンネリ気味だぞ」

 

 ああああっ、とクリスタが頭の横で束ねた二本の金髪を揺らす。

 

「そうじゃなくって! 治安が悪くなってるってあれよ、あ! れ!」

「ああ、そのことか」

「なーにが『ああ、そのことか』よ! 自分で言っといて、なんでこんな怪しいやつらを親切にも案内してんのよ! 信じらんない!」

「悲しいな」

 と、カルロスが悟ったような表情をする。

 

 それに対して「は? なに言ってんの?」と眉を力いっぱい寄せたクリスタに、アリアは内心で激しく同意した。

 

「だってそうだろ。うちみたいな国には外からのお客さんなんてまず来ない。だから外の人間が珍しい。珍しいから怪しい。怪しいから冷たくする。お前が言ってるのはそういうことだ。オレやお前だって、よその国に行ったら部外者で、怪しいやつだって言われるんだぞ? それって悲しくないか?」

「お兄ちゃんが怪しいのはほんとでしょ。変態なんだから」

「んー、否定はできないな」

「それにお兄ちゃんの理屈だと、この人たちが怪しくないってことにもなんないから。あくまでも《怪しくないかもしれない》ってだけだよ」

「会ってからまだ一時間くらいだからな。そんなの断言できるわけないだろ」

「だったら怪しいと思って行動しなさいよ! なにかあってからじゃ遅いんだよ!」

「この人たちなら大丈夫だと思うけどな」

「なんでそんなことがお兄ちゃんにわかるのよ」

「たとえ一時間でも話し方や態度で根が優しいかそうでないかくらいはわかるもんだ。あとは勘……いや、期待……そう、期待かな。疑うより信じたほうが楽しいだろ?」

「お兄ちゃんの観察眼なんて当てになんないし、最後なんてただの願望じゃない」

「だから期待って言ったろ?」

 

 どこか誇るようなカルロスに、クリスタが体から力を抜いたのがわかった。

 きっと心が折れてしまったのだ。この兄に何を言っても無駄だと諦めたのだ。

 

 夫婦漫才ならぬ兄妹漫才が落ち着いたのを見計らってアリアは尋ねた。

 

「聖女セレーナ、これはどういった状況なのです?」

 

 それからセレーナとカルロス、ときどきトーマスが入れ替わりながら簡単な説明がされた。

 はじめにセレーナがアリアのことを三人組に紹介し、

 その後でカルロスが三人組のことをアリアに紹介した。

 そしてソロがオーディラル教の正修士であることやケニス小国を訪問した目的が語られ、

 

「というわけで、この方たちにはケニス小国に滞在している間、うちの修道院にご宿泊していただくことになりました。聖女アリアもそのつもりでよろしくお願いしますね」

 

 そうセレーナが締め括った。

 

 話を聞き終えたアリアは軽くめまいがした。

 

(聖女セレーナ、正気なのです?)

 

 アリアの目から見てもコラス三姉弟は怪しさの塊だった。個性的すぎる見た目もあるけれど、聖女である以上は相手を外見で判断したりはしない。

 

 疑わしいのは旅の目的だ。

 オーディラル教の人間が教えを広めるためにカノン教の領域までやって来るのも、聖女であるセレーナに親睦を求めるのも不自然だ。

 

 二つの宗教間に交流はない。百年単位で、争い以外の関わりが皆無なのだ。

 カノン教がオーディラル教に歩み寄るのなら、まだ理解できる。

 実際、過去にはそれを試みた高名な人物がいたとも聞く。だけど、歴史に名が残っている人物でさえも溝を埋めることはできなかった。

 

 それはオーディラル教が拒絶したからだ。

 和解の席に着かないどころか、話すら聞こうともせず、カノン教の使者を理不尽な罪状で処刑した。

 

 さらには、

《この地域に二つの教えは不要である。カノン教は無抵抗かつすみやかに、オーディラル教に改宗せよ。さすれば慈悲を施そう》

 という馬鹿げた要求までしてきたらしい。

 

 そんな、言葉よりも先に暴力で訴えるような宗教の人間が、今さら親睦を深めようと申し出てきても信じられない。

 

 それでもアリアはソロに微笑みかけた。

 

「改めまして、聖女のアリアなのです。よろしくお願いしますなのです」

「ああ、こっちこそ頼むよ。聖女サマ」

 

 セレーナは優しい。

 誰にでも優しい。

 彼女なら相手が殺人犯でも優しくするかもしれない。

 それでもセレーナは聖女だ。

 聖女としての責任感は誰よりも強い。だからこそケニス小国に危害が及ぶような決断はしないと思った。

 

 それにセレーナは《万が一》を考えているのだろう。

 

 ソロが本当にオーディラル教の正修士で、彼女が本気で親睦を求めていた場合。

 オーディラル教の正修士を無下にしたとなれば大事になりかねない。

 

 だからアリアはセレーナを信じ、コラス三姉弟の動向を密かに監視することにした。

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