てくてくファンタジア!

ゆこ

第1歩 あなたが死んでも食べたいものはなんですか?

僕は死んだ。

大好きなハンバーガーを頬張っている最中だったから後悔はない、いや、本当はあとひと口食べたかった。

死因は聞かなくてもわかってる、たぶん、心筋梗塞。

僕はメタボだ。

糖尿やら何やら、生活習慣病をいろいろと発症していたし、そのくせ外へ出るのが億劫で、なにかと理由をつけて自室に引き籠っていた。

人が怖かったのもある。僕は小さな頃から太りやすい体質で、体型のことで辛辣な罵詈雑言を浴びたのは一度や二度じゃ済まない。

あのハンバーガーを持ってきたデリバリーの兄ちゃんも、うわっクソデブ、みたいな顔をしてハンバーガーと金を交換して急いで帰っていったし、こんな仕打ちにはもう慣れっこだ。


嘘だ。

なんで太りやすいってだけで迫害されて、あんな言葉で、あんな目で、ズタズタに刺されなきゃいけないんだ。

特に、あの目にはいつまでも慣れなかったな。言葉を使える生き物が語らずに訴えかけてくる、あの目が怖い。

だけど、死んでしまえばもうあんな目の下に晒される必要もないわけだ。

やっぱりあのひと口が少し心残りだけど、このまま僕は虚無になって虚空に溶けて、世界の一部になるんだろうなとか難しいことを考えていると、怖いものたちはなにも僕を苛まなくなった。


ところで、人間は死んで意識を失うと、眠っているときのように夢を見るみたいだ。

僕は走馬灯を見ていた。

生まれて初めて食べたハンバーガー、バイトの初任給で食べたハンバーガー。

引き籠りはじめた頃にひっそり手に入れたハンバーガー、最後の晩餐のハンバーガー。

僕の人生にはいつもハンバーガーが寄り添っていてくれたんだ、そう思うとハンバーガーへの想いが溢れて涙が出そうだった。

お前だけだよ、デブの僕を認めてくれるのは。

目の前に見えるハンバーガーの幻に手を伸ばそうとしたとき。

僕は光を見た。


遠く頭の上で、なにかが光っている。かすかに声もする。

その声は、僕を呼んでいる気がした。

ハンバーガーの走馬灯も気づけば消えてしまい、僕はただ暗闇の中に浮かんでいる。

こういうときは光の方を目指すんでござるよォ!と、フォロワーの太郎ざむらい氏ならそう言ったことだろう。

僕はとりあえず光を目指そうと、平泳ぎのようにもがいてみた。

進んでいるのかよくわからない。その内に声が大きくなってくる。

僕は全力で暴れてみた。その瞬間、光が大きくなって辺りを包んだ。




「元気な男の子よ!」

「頑張ったなあ……!」


目が開かない。それに寒い。

周りで異なる声がいくつも騒いでいる。

そして、僕の後頭部と尻の辺りを掴んで支えている大きな手の感触。とても怖い。

巨人にでも捕まったのだろうか?


「ほ、ほら……母さんにも見せてやろう」


巨人の手にどこかに運ばれる。

母さんという言葉に、僕はひとつの仮説を頭に浮かべた。


「ああ、かわいい子……」


僕を支えている手から、別の手の中に移される。

その手はさっきよりも柔らかく、優しくて繊細な手だった。


「アル……お前はアルだよ。生まれてきてくれてありがとう」


僕はその手に、母の愛を感じた。

間違いなく、この手の持ち主は僕を息子だと思っているようだ。

目がうまく開かないのでその顔を見ることはできなかったが、きっといい人なんだろうと思った。


そして僕は確信した。

僕は転生したのだ。場所は、海外だろうか?

よくわからないが、海外ならハンバーガーが食べられる可能性がある。

僕は嬉しくて大声で泣いた。


それが僕の産声となった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る