PLAY02 二つ名の騎士 ①

 私の目の前に現れたこの人は……、橋本秋政はしもとあきまさ


 年齢は二十一歳で、私は秋にぃと呼んでいた。


 秋にぃは十三歳の時――私が九歳(現在私は十七歳)の時に、おばあちゃんの家に養子として来た。


 輝夜にぃ曰く……、秋にぃの家ではひどいことがあったとしか聞かなかったけど、あとから聞いた話だと……、秋にぃの前の苗字はたちばなと言い、両親は秋にぃと一緒にドライブに出かけたところで、交通事故に遭って……。


 ………………………………………。


 それ以上は言わない。きっと、言ってはいけないことだと思うから……。


 秋にぃは身寄りがない。親戚も受け入れることを拒んで、おばあちゃんとおじいちゃんは、そんな子供達を受け入れる団体に入っていたので、秋にぃを受け入れて、養子にしたのだ。


 最初の頃の秋にぃはすごく警戒と言うか……、自分の殻に閉じ籠っているような人だった。でも私はそんな秋にぃに、何回も何回も話しかけてきた。


 すると……、秋にぃは私と輝夜にぃ、そしておばあちゃんとお爺ちゃんにだけ心を開いたようで、少しずつだけど笑顔が戻ってきた。


 そんな秋にぃだけど、三年前……秋にぃが十八歳の時、家を出て行ってしまった。


 自立のために、一人で生活をすると言ってきたのだ。


 私はそれを聞いてショックだったけど、秋にぃを応援する。そう決めた。おばあちゃんとお爺ちゃんはそんな兄に――


「頑張れ。辛くなったら戻ってきてもいいんだよ」


 と、優しく背中を押した。


 秋にぃはそのまま家を出て行き、出て行ってすぐはメールのやり取りもしていた。


 その時は就職が決まって、とある会社の社員として、日夜忙しいと書いてあった。


 でも……、そのメールのやり取りは、ぱったりと無くなった。


 私はその時、仕事が忙しいと決めて、メールをしないようにしていた。


 秋にぃのことが心配なはずなのに、秋にぃの邪魔にならないように、と思い……、そう言い聞かせて……、現在に至った……。



 □     □



「え? なんで秋にぃがここに?」


 理事長の何とも異常なことに巻き込まれ、私は現在ゲームの世界の……、どこかにいる。


 どこかと言われても、どこかの建物内ということはわかった。


 そんな建物でも、パッと見百人以上はプレイヤーがいるこの中で、私に顔見知り……知り合い……ううん。兄と再会するなんて、思ってもみなかった。耳が長い、秋にぃはエルフ族なのかな……?


 秋にぃはそっと口元に人差し指を添える。それは――しぃーっという動作。


「今俺は、アキっていうハンドルネームだから、華も俺のことは、秋にぃじゃなくて。『アキにぃ』って呼んでほしいんだ」


 その言葉に、私はハッとして、頷いてから私も小声で――「私もね……、華じゃなくて、今はハンナだから、『ハンナ』って呼んでほしいの……」と言った。


 それを聞いたアキにぃは、うんっと頷いて頭を撫でる。そして柔らかい声で――


「わかったよ。ハンナ――」と言った。


 すると――私達の手首に嵌めてあるバングルから電子音の音が聞こえた。


 その音を聞いて、私達はそれを見る。アキにぃの右手首にも嵌められてて、それを見て、アキにぃは鋭い顔つきになっていた。


 私はそれを見て、バングルに目を向ける。そこには――ある文字が携帯の文字ではなく、昔よく見ていた電子記号のような文字で……。



『チュートリアルミッション:受付に向かって、身分証明書を受け取ろう。PS:全員参加』



 と書かれていた。


 それを見て、私は首を傾げる。アキにぃも、他のプレイヤーも。内心、何がチュートリアルなんだ? と思いながらバングルとにらめっこをしていると……。


「おい……。あれ」

「ああ、異国の冒険者か……」

「めげねえなぁ。あんなに被害が出たってのに」

「まぁ、俺達とあいつ等じゃ……、体のつくりが根本的に違うし……」

「おいっ! 聞こえるぞ……」


 ……どこかでひそひそと話し声が聞こえた。振り返ると、そこには大きなテーブルの椅子に、そのテーブルを取り囲むように顔を寄せながら小さい声で話している……。屈強で、背中には大きな剣や盾を背負っている大柄の人達がいた。


 体格や背が大きい処から見て、巨人族……かな?


 そう思って、そのまま私達から視線を逸らしたので再度バングル目を移し、そのバングルに出ている文字をもう一回読み返す。


 ……やっぱり身分証明書って書かれている……。前のシステムの時は、そんなものがなかったはず……。そう思っていた時だった。



「おーい。そこのエルフの人とお嬢ちゃーん!」



「「?」」


 プレイヤーの皆さんが集まっているところから、私達のことを呼ぶ声が聞こえた。私とアキにぃは声がした方を向くと――私達に向かって手を振っている人がいた。


 少しぼさぼさとしている白髪に、黒い少し生地が厚いベストに黒いジーパン、黒い短めのブーツ。手にも黒い指ぬき手袋に紺色が混じった黒い長袖の服と言った、白い髪の毛以外は全身黒と言う暗い服を着た、アキにぃと同じ耳が長いエルフ族の人が、私達に手を振って、また大きな声で――自分の場所の下に指をさして……。


「少し話があるんだ。こっちに来てくれないかぁ?」


 その言葉に、アキにぃはじっとその人を見ていた。無表情だけど、どこか冷たさがある雰囲気を出して……。


 私はそんなアキにぃの服をきゅっと掴んで、くいくいっと優しく引っ張って――アキにぃを見上げた。


 身内と言うか、家族が、兄の存在のお陰で、私はさっきまで黒く塗りつぶしていた心の不安が、少しだけ水で流されていった。だからほんの少しだけ、微笑むことが出来た。


 私はアキにぃに向かって、見上げながら微笑んで……。


「――行こう?」


 そう言うと、アキにぃは一瞬驚いた顔をしたけど、すぐにニコッと笑って……。


「……そうだね。行くか」と、アキにぃが先に足を動かして、私もその後を追うように歩く。


 ……大人の余裕と言うものなのかな……?


 アキにぃはこんな不条理な状況でも、冷静に、しっかりと考えて行動している。


 私はさっきまで、不安に包まれていたから……、そう言うアキにぃの大人の余裕が少し……、この状況の中でも、憧れを感じてしまった……。


 二人で呼ばれた人のところまで行くと、その人は「よぉ」と笑みを浮かべて私達を迎え入れてくれた。


「お二人も、このゲームに被害者だろう?」


 その人は右手をスッと上げて、その手首に指をさす。そこには白いバングルが。そして私達のバングルも指さして……、その人は言った。


「お互い同じ境遇者同士だ。今は協力した方がいいと思ってな。俺はエルフのアーチャー・エレン。一応……、パーティー名『アストラ』のリーダーだ」


 すっと――エレンさんは彼の後ろにいる二人の人物を、親指で指差しながら自己紹介をした。


「あいつ等は俺のパーティーメンバー。大きい奴がダン。魔女のような人がララティラだ」


 あの背中に武器を抱えていた人よりも、少し大きい体格と身長で、半裸ではないけど生地が薄いベスト(と言うか、ボロボロだからあまりベストの意味を成していないような……)に布製のズボン。裸足で手には物騒な鉄骨のナックル。顎髭が特徴的で、黒い髪を束ねている筋骨隆々の人――きっとダンさんと。


 みゅんみゅんちゃんのような魔女の服装を着て、とんがり帽子をかぶっている。けど、赤紫のそれで、スタイルがグラビアのような体格の人だった……。発育のそこが、大きいような……、うぅ。その人は私にニコッと微笑んで、手を振っていた。その人はララティラさん。


 ララティラさんは耳が長く、ダンさんは人間のような顔だったけど……、身長二メートルくらいに見えた……。


「……仲がいい人とだったんですね」

「まぁな。運がよかったのか……それとも」


 アキにぃとエレンさんが話していると、その話に割り込むように、ううん。話を強制的に遮ったのか……。


「おい」と、野太く、苛立ちを含んだ声で私達を見上げて睨みつけている人がいた。


 大柄で半裸の褐色の肌。革製のズボンをはいて鋼鉄製の靴。耳が長くない。その人は――


「なにべちゃくちゃ喋ってんだ。お前が話を切り出したんだろ……? 早くしろ」


 威圧を込めた声で、私達に言い放った。


 周りを見ると、屈強な人と同じように、私達が場違いな人を見るような目で、冷たく、苛立ちをぶつけるような、そんな目で見ていた……。


 その視線は痛く、私は思わず、アキにぃの背に隠れた。


「……………、わかったよ……。今から話す」


 エレンさんはすっと手を上げて、申し訳なさと呆れを混ぜた表情で、エレンさんは言った。周りの空気が、張り詰める。そんな中、エレンさんはみんなに聞こえるように、声を張り上げて言った。


「皆見ての通り、このバングルに書かれた内容を見ただろ?」


 そう言って、また腕を上げて――バングルを指差して言った。そして腕を下ろして……。


「あの理事長が言っていただろう? リアルを追求したゲームって。それだと、これはよくあるRPGのチュートリアル。最初にすべきことだと俺は思うんだ。結局この世界は――ゲームと一緒なんだ」


 ざわりと周りが、辺りにいる人達を見る。エレンさんは続ける。


「確かに、あんなことになって……、異常なことに巻き込まれたかもしれない。しかし考え方を変えたらどうだ? マイナスの感情で聞いていたかもしれない。視点を変えるのなら……、クリアすれば……、こんな悪夢は終わる」


 ハッとした声。それはエレンさんではない。プレイヤーの人の中から聞こえた。微かな声。それを聞いて、段々と希望の声が聞こえてきた……。


「今は怖いかもしれない。でも希望が完全に断たれたわけじゃない。だから」




「もういい。ちんけな言葉遊びはいいぜ」




 エレンさんの言葉を遮った男……、さっきアキにぃ達の会話を、強制的に終わらせた大男だ。


 その人はエレンさんの前に立って、そしてまた威圧を込めた声でエレンさんに顔を近付けて、私達にはそうとしか見えないそれで――その人は言った。


「お前はあれか? 『ここはゲームの世界なので、楽しもう』って言う、楽観的なそれなのか?」


 その言葉に、エレンさんはぎょっと驚いたのか「はぁっ!?」と、声を荒げ、続けて――


「違うっ! そう言ったわけじゃないっ! 俺はただ、クリアさえすれば」

「そのクリアこそが、俺達にとってどういったメリットがあるんだってことだっっ!」


 荒げた声の侭、エレンさんの言葉を遮り、胸倉を掴んで荒げる大柄の人。言葉を紡ぐことなど許さないような、そんな怒り任せのままその人は声を荒げて叫んだ。


「俺達はよく聞く異世界転生なんて生ぬるいことに巻き込まれたんじゃねぇっ! このゲームの世界に、閉じ込められたんだよっっ! 永遠の現実に戻れねえかもしれねぇ! ゲームオーバーになったら幽閉! 結局は監禁と同じだっ! よくこんな状況で呑気の『クリアすればもどれる』だぁ! ふざけんのも大概にしろっ!」


 がくんがくんっと前後にエレンさんを揺らすその人は、正常な顔をしていなかった。


 血走った目に、何もかもが考えられない……。感情任せの目……。


 それを見た私は、思わず自分の手を握って――ぎゅっと自分の恐怖を、押さえていた……。


 それでも、口論は続く……。ううん。


 一方的な……、八つ当たりだ。


「ふ、ふざけていないっ! 確かに、理事長の考えは俺達一般市民には解らない……っ! でも今こうしている間にも、何かをしないことには……っ!」

「じゃあよぉ――」


 突然大柄の人がぐりんっと――私を睨んだ。


 当然、ララティラさんとダンさんは驚きながら周りを見て、アキにぃは私を背に隠して、前に出る。エレンさんが「な、なんだ……?」と、驚く声が聞こえた。


 でも、大柄の人は――アキにぃに隠れた私に言ったのだろう……。


 威圧的な声で……低い声で言った。



「そこの囮――お前がミッション受けろ」



「何言ってんですか? これって個人なんですか? 全員参加じゃないんですか?」


 アキにぃがその人の前に立って言う。冷静だけど、冷たさも帯びているそれで……。


 するとその人はエレンさんを離したのか、『ドスン』という音と、「いてっ!」と言うエレンさんの声が聞こえたと思ったら――ずんずんと言う足音を立てながら、その人は言った。


「参加だがな、最初に危害がないかを確認するんだよ。囮の衛生士なんだろ? そこの餓鬼は。だったら囮らしく、大人しく俺達の命令に従って、尻尾振ってりゃぁいいんだよ。囮らしく、囮らしく行動しろ。戦いじゃ役立たずのくせに」

「………………………………っ」


 ずくっと来た、痛み。


 どこに刺さったのかわからないけど、痛いと感じた。


 胸に手を当てる。痛さはまだある。


「お前……っ!」と、アキにぃは苛立ちの声を帯びたそれで、ポンチョの中で何かをしていた。それを見た私は、くいっとアキにぃの服を引っ張る。


 アキにぃは振り返って、驚いた顔をして私を見る。私はそんなアキにぃに――きっと、ぎこちないそれだっただろう……、でも、痛むそれを押し殺して、私は必死に笑みを作って。


「――行くよ。大丈夫。きっと、正解だから……っ」


 それを聞いたアキにぃは、複雑に顔を歪ませた。けど……、目の前の大男の人は「ははっ!」と笑い――


「それでいいんだよっ! 衛生士なんてそんなもんだ! 囮で十分必要価値がある! 回復は回復薬で補えばいいんだっ! なぁ!?」


 そう言いながら、後ろにいたパーティーメンバーを見て、笑いながら言った。


 背後にいたのは……、痩せ細って、腰には短剣を指していた盗賊らしい服装のギョロ目の狩り上げた髪の人と、少し太ってて緑色のローブを纏い濡れているようなフニャフニャしている肩まである黒髪の人。痩せ細っている人は太っている人の肩に手を回して……。


「けけけっ! そうだって! こいつもサモナーっていう所属だけど、何のくその役にもたたねぇ! モンスターを使う事しか能がねぇっ! だから囮が適任なんだよ! なぁ?」


 と、ニタニタと馬鹿にしたようなそれで太った人に聞く痩せ細った人。


 太った人は目を逸らしながら、「あ…………、うん」と、小さく、答えただけ……。


「そうだ! 囮は俺達有能所属の言うことを聞いているだけでいいんだよぉっっっ!」


 ガハハハッと笑いが立ち込める空間。


 それを聞いたエレンさんは俯いて頭を掻いているだけで、近くにララティラさん達が駆け寄っていて肩に手を置いていた。


 アキにぃはそれを聞いていたのか、何かをしようとしたけど私は「大丈夫だよ」と静止をかける。


 私は不安が再度降りかかったような緊張感に襲われながら……、すっと受付であろうその場所に向かって振り返った時だった。



「あのー、私も衛生士なんで。一緒に行きまーす」



 突然――後ろから女の子の声がした。

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