【短編】わかたれた道
しろねこ。
交わらない
「あなたとの道は最後まで交わりませんでしたね」
そう頑なな表情で言う彼女を見て、俺は胸が痛む。
ほんの数日前までは俺もあちら側であったのに、記憶が、血筋が、種族が邪魔をし、二度と彼女に近づけない。
「そうだな……」
(途中まで同じものを見て感じていたのに)
最初からそれすらもないと捨て去る台詞に、奥歯を噛み締める。
彼女なりの決別の言葉なのだろう、俺を受け入れる気はないという意味の。
(自分のした事を考えれば当然だが、悔やむのは後でいい……)
俺は黒い刃を彼女に向けて、仮面をつける。
せめて彼女の決心が鈍らないように。過ごしてきた日々を思い出さないようにと。
周囲では悲鳴や怒声が上がっているが、俺の耳や目は彼女だけをとらえ、他は全く入ってこない。
ここに二人しかいないような感覚。
だが彼女から向けられている殺気と怒気が、これが現実だと教えてくれている。
「私もあなたも退くことは出来ない立場。ならばこうするしかないでしょう」
槍の穂先をこちらに向けた彼女は勇ましく、だが凛とした美しさがある。
金の髪は束ねられ、兜の中に押し込められている。取り残された数本が日の光を反射してキラキラと輝いていた。
白金の鎧に身を包み、槍を構えた彼女はさながら戦乙女のようだ。
青い空色の瞳は俺を映すがその奥には憎悪の色しかない。
(彼女の立場を思えば、自然な事だ)
そんな寂寥感に襲われている間に彼女が動いた。
迷いなく心臓を狙う一撃に、怯む事無くすぐに対応にあたる。
体の軸をずらし槍を交わして、俺は剣を振るった。
外れたと見るや彼女はすぐさま体を引いて柄の部分で斬撃を防ぎ、剣を持つ手に向かって蹴りを放ってきた。
(対応が早いな)
人間離れした素早い動きに感心しながら、俺は身を引いて距離を取ろうとした。だが、彼女はそれを許さずに追撃してくる。
戦うのが楽しいからか、それとも彼女が自分の後を追ってきてくれてるからかはわからないが、自然と口元がにやけてしまう。
仮面を被っていて良かった、これを見たら更に彼女に怒られそうだから。
だが彼女は途中で俺を追うのを止め、その場で槍を振るう。四方から放たれた矢を槍ではじき返す為だ。
それを見て俺は怒りで髪を逆立てた。
「彼奴に手を出すな! 俺の獲物だ!」
俺の咆哮が戦場に響き渡る。
びりびりとした空気の振動が自分にも感じられるから、受けた者達はもっと酷いだろう。
彼女も顔を顰めている。
「邪魔をするな、殺すぞ」
射手の方を見て、そう言えばこちらへの攻撃は止む。
「真剣勝負に水を差すなという事でしょうけど、酷い大将ですね。彼らはあなたを助けようとしただけなのに」
彼女が表情と呼吸を整えて、こちらにまた槍を向ける。
「最後に別れた時に君も言っただろう、『悪魔』と。その頃から変わっていないだけだ」
俺が遠吠えのような声を発すると、俺の彼女の周囲を黒い膜が覆い始める。
「王女殿下!」
彼女の味方である人間から動揺の声がしたが、膜に触れた人間は脆くも崩れ去った。
その様子を見た彼女が驚愕と怒りで目を見開き、震え出す。
「何てことを……」
「邪魔が入らないようにしただけだ」
先走ったものが犠牲になったのは、仕方ないのではないだろうか。
触れなければ何も起きなかったというのに。
しかし尊い犠牲のおかげで周囲の者も触れてはならないと学んでくれただろう。得体のしれないものに不用意に触るものではないからな。
体と魂が砕け散り、残った生命エネルギーは有難く俺の力にさせて貰った。
「おのれ、魔王!」
(君もそう呼ぶようになったのだな)
かつてのように名前で呼ばれることはもうないだろうが、それでも寂しいものだ。
「悔しいのなら俺を殺して仇を討てばいい。そうすれば英雄として王女殿下の名前は全世界に轟くだろう」
俺は両手を広げ、彼女を挑発する。
「俺に挑み犬死にした者達、そして夫の仇を取る為、全力で俺を殺しに来い。なぁブラシュカ王女」
「魔王っ!」
彼女が血走った目で俺に突っ込んでくる。
冷静さを失った彼女に向かい、俺は剣を構えた。
(そうだ、来い。俺だけを見ろ!)
歪んだ気持ちで結構。
結局のところ真面目に生きようが、自分を変えようが、周囲の目と環境が変わる事を許さなかったのだから。
だからこうして皆が望む姿を顕現したまでの事。
「勇者の末裔である王女よ、魔王である俺と存分に殺し合おうじゃないか」
そうして同じように、皆に望まれた姿を貫く彼女の夢も叶えるために、俺は剣を振るった。
俺も彼女も、そして誰も救われない戦は続く。
彼女の刃がこちらに届くことはないが、諦める素振りは見えない。
(昔からどこまでも真面目だな。将だから引けないというのもあるだろうが……そういえば昔から人の為に生きる事が生きがいだと言っていたな)
かつて共に過ごした日々が脳裏に浮かんでくる。
◇◇◇
勇者の末裔であり王族でもある彼女は、常に世の為人の為を掲げて生きていた。
出会った頃からそれは変わらず、自分が損をしても人の為に尽くす。
「自分を犠牲にしてなんになる」
彼女が傷つく度にそう忠告したが、彼女は止まろうとはしなかった。
「それでも誰かの為になるならば私は止めないわ」
そう微笑む彼女が愛おしくも痛々しくも見えて辛かった。
だが彼女がそう言うのであれば受け入れようと見守ってきていたのだが。
「勇者の末裔だが何だか知らないが、頼めば何でもしてくれるんだな」
彼女の善意につけこむ輩に我慢が出来なくなっていった。
彼女と同じ種族で、彼女が愛する存在であってもと悩んだ事はあるが、彼女を傷つけ、奪おうとする輩を前にしてはそんな我慢は長続きしない。
特にあの男だけは許せず、ついに箍が外れた。
「ロア……何で」
他人の血で赤く染まる彼女は信じられないという表情をしている。
俺からしたらこちらとて「何で」と聞きたくなる。
「強いられた結婚に望まぬ誓い。家や国の為とはいえいくらなんでも自分を犠牲にし過ぎだ」
汚らわしい死体は闇に溶けていく。
彼女に付いた返り血も拭かなくてはと、適当な布はないだろうかと室内に視線を移す。
だが彼女は俺が近づくのを拒むように後ずさる。
「あなたは、自分が手に掛けた人物が誰なのかわかっているのですか?」
「今代の英雄と呼ばれる男だな。竜殺しの称号を持つ者だろ」
「油断していたとはいえ、そんな彼を殺すなんて……あなた一体何者なの?」
ただの一国民として、学者として、級友として。彼女と国を世界を良くするために話をしてきたものの一人にしかなれなかった。
そんな男がこんな事をしたのだ。そう思うのも無理はない。
「俺はいわゆる魔の者で、そのなかでも魔王と呼ばれる存在だ」
それを聞いて彼女の目の色が変わる。
「……ずっと私を騙していたの?」
「……」
そう言われると返答に困る。
本当の事を言えば、人に混じって側にいる事が出来なかったからな。
「嘘をつき、私達人間が魔の者に怯え過ごす事を嘲笑っていたのね」
「そんなつもりはない。言わなかったのは君を怖がらせたくなかっただけだ」
「私を怖がらせたくなかった? どうかしらね。勇者の末裔なんていう小娘を、近くで嘲り笑いものにしたかっただけに思えるわ。あなたにはこんなにも強い力があるのだもの」
死体があった場所に視線を落とした彼女は、すたすたとサイドテーブルの元へと向かう。
「ブラシュカ?」
彼女が手にしたのは護身用の剣だ。
「いかなる理由があろうともあなたは人を殺した。それも私の夫で国の英雄を。このまま逃がすわけにはいかないわ」
「君と争う気はない、俺は君を救いたいんだ。人は信用ならない、このままでは君は不幸になる。だから俺と共に行こう。このままここに居ても君は搾取される一方だ、だから――」
「そんな言葉を誰が信じるものか。この悪魔が」
差し出した手を彼女が握る事はなかった。
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