第九章(最終章):みんなとこれから

第320話(終・第九章??話) 受け容れないといけないこと

~~~~ 弥生視点 ~~~~



 ……嘘だ。

 信じられなかった。

 信じたくなかった。

 まさか、こんなことになるなんて……。

 過去に戻れるのだとしたら、



――私はあの時の私をぶん殴りたかった。




 四月二十九日。

 私は罪を犯した。

 お姉ちゃんを歩けなくさせてしまったんだ。

 お姉ちゃんがゲームをやっている時にヘルギアを取って……。

 ……知らなかったでは済まされない。

 全て私が悪い。


 私はその報いを受けた。

 母からは恨まれ、友だちはいなくなった。

 私の居場所はどこにもなくなった。

 そんな状況に身を置くこと、それが私への罰なのだと捉えていた。

 お姉ちゃんはもっと苦しんでいるのだから、これに耐えなければいけない、と。

 ……でも。

 私は折れた。

 折れて、逃げ出した。

 学校を抜け出して彷徨って辿り着いた公園で。

 私はあの子に会った。

 私のことを説教してくれる女の子に。

 彼女の言葉で。

 私は大切なことを思い出せた。

 お姉ちゃんに謝っていなかったことを。

 私はそのことから一カ月以上も逃げてきていた。

 ちゃんと向き合わなければいけない。

 そのことに、気づかせてくれた。

 それで私は、お姉ちゃんが入院してからはじめて、お姉ちゃんの病室に行った。

 そして、謝った。

 心の底から。

 それが、六月九日のこと。


 お姉ちゃんは言った。

 反省しているなら行動で示せ、と。

 だから私は、できるだけ病院に通った。

 お姉ちゃんを不自由にしてしまった分、私がお姉ちゃんの力にならないといけない、と思った。

 お姉ちゃんの身体を拭いたり、リハビリに協力したり。

 あとは、トイレとか……。

 私は、私の責務を全うした。


 リハビリはあまり成果が現れなかったけど、それでも。

 悪いことばかりじゃなくて。

 お姉ちゃんと仲良くなれたんだ。

 私からは話しかけられられなくて、お姉ちゃんの方から話しかけてくれたんだけど、生まれてからで一番、お姉ちゃんと話をしたと思う。

 お姉ちゃんは気丈で、楽しい話を私にしてくれて、たくさん笑い合った。

 すごい、と思った。

 こんなことになってしまったのに明るくて……。

 原因をつくってしまった私に優しく接してくれて……。

 私はどうして、これまでお姉ちゃんのカッコよさに気づかなかったんだろう……。

 今までの自分がすごく恥ずかしくなった。

 それと同時に、お姉ちゃんが私の自慢になった。


 こんな素敵なお姉ちゃんなのだ。

 きっと良くなるに違いない。

 そう、信じていた。


 けれど、十月二十九日の深夜。

 偶々、トイレに起きた時に。

 私は聞いてしまった。

 リビングで父と母が話しているのを。



――「先生が言っていたの。あの子はもう二度と歩くことはできないって」



 ……え。

 もう二度と歩くことはできない……?

 意味が、わからなかった。

 ……ううん、脳が理解することを拒んだんだ。


 もう二度と歩くことはできない――。


 頭の中にその言葉だけがぐるぐると回り始める。

 もう、何も考えられなかった。

 視界は歪んで立っていられない。


 もう二度と――。


「ああ……っ!」


 私の意識は、そこでぷつりと途切れた。


 目が覚めた時、私はベッドの中にいた。

 朝になっていた。

 近くには父がいて、倒れた私を発見して運んだのだと説明してくれた。

 私はあの時聞いたことを現実だと認めたくなかった。

 夢だと思いたかった。

 だから私は、父に確かめた。

 そんな話はしていない、そう言ってほしかった。

 ……でも。

 返ってきた言葉は――



――「……聞いてたのか」だった。



 私は部屋を飛び出していた。


 信じられない。

 信じたくない。

 嘘だと言ってほしい。

 そんなことを思いながら家を出てがむしゃらに走っていた。

 格好はパジャマのままだったけど、気にしている余裕なんてなかった。

 幸か不幸か体力はあったから、家から結構離れている病院に辿り着けてしまった。


「お姉、ちゃん……っ!」


 息を整えることも忘れて、私は病室のドアを開けた。

 そこにはベッドに座っているお姉ちゃんの姿があった。

 ドアが開いた音に反応して私がやってきたことに気づくと、お姉ちゃんは笑顔を向けてきてくれる。


「あっ、弥生。今日も来てくれて嬉しいの」


 けれど。

 私は見逃せなかった。

 一瞬を捉えてしまっていた。

 笑顔になる前、



――お姉ちゃんの顔が悲愴に塗れていたのを。



「……っ」


 ……何が、悪いことばかりじゃない、だ。

 何が、きっと良くなるに違いない、だ……っ!

 希望的観測だけで安心しきってバカみたいだ……っ。


 ……本当に私は大馬鹿者だ。

 お姉ちゃんがこんな状態になるまでバカにしていて。

 お姉ちゃんがこんな状態になるまで仲良くなれなくて。

 取り返しがつかなくなって初めて本当の意味で理解した。

 私が仕出かしてしまったことの重大さを。

 どれだけ愚かしくて、どれだけ罪深いことだったのかを。

 私は、



――最低最悪の犯罪者だ。



 私はお姉ちゃんが座っているベッドに縋りついた。

 謝罪して泣きじゃくることしかできなくなっていた。

 こんな言葉、それだけではなんの意味もないというのに。

 私のこの行動がお姉ちゃんを困惑させている。

 お姉ちゃんにそんな顔、させちゃダメなのに……。

 ……つくづく、私は救えなかった。



 父と母がすぐに病室まで駆けつけてきた。

 お姉ちゃんは、誰かといる時は笑顔を絶やさなかった。

 そして、言うのだ。

 みんなの沈んでいる顔を見て。



――「ボク、リハビリを続けるの」



 と。

 誰もが絶句した。

 やってももう意味はない、と医師せんせいに言われていたから。

 母は、お姉ちゃんが悲しむ姿を見たくなかったのだろう。

 もうやめて! とお姉ちゃんに言っていた。

 それでも。

 お姉ちゃんは――。



「やめない。みんなのそんな顔をボクは変えてみせる……! みんながずっとそんな顔のままだなんて、ボクは嫌だから……っ!」



 私たちの様子に、黙ってはいられなくなっていた。

 そのお姉ちゃんの言葉に、私はハッとする。

 お姉ちゃんが諦めない道を選んだのだ。

 私が諦めていいわけがない……!

 全力でお姉ちゃんを歩けるようにする!


 私の心に火が灯った。

 幸い、私は器用だ。

 記憶力もいい。

 今の医療では不可能だとされていても、私の持てる全てをもってお姉ちゃんがまた自由に歩けるようになる術を見つけ出してそれを実現させる!

 それが私がすべき償いだ。


「待ってて、お姉ちゃん。絶対に歩けるようにするから」


 やるんだ。

 やってやる!



「私は医者になるっ!」

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