第318話(第八章第35話) 波乱の文化祭5

 距離を詰めてくる五人の男の人たち……。

 私は窓側の壁で怯えていました。

 怖いなんてものではありません。

 ……それでも。

 彼らを未来ライザには触れさせないように、私は彼女を壁側に寄せて庇うようにしていました。

 もう逃げられる自信はなく……。

 せめてこの子ライザだけでも、って思って……。


 目を固く閉じます。

 彼女を抱える腕に力が入っていました。


 どれくらいそうしていたのでしょうか?

 声が聞こえてきました。



「……はぁ? 女の子を襲う、ですって? 舐め腐るのもいい加減にしなさいよ!?」



 それは聞いたことのない声質でしたが。

 どこかで聞いたことのある話し方で……。


 目を開けた時。

 衝撃の光景が飛び込んできました。



――ガシャンッ!



「がっ!?」


 廊下へと続くドアの方。

 頭を鷲掴みにされてドアの枠の部分に顔面を叩きつけられたらしいチャラそうな人。

 その人の頭を鷲掴みにしていたのは、その人と一緒にここに来ていた怖そうな見た目の男の人でした。


 叩きつける威力はすさまじかったようで、チャラそうな人はずるずると落ちていって床に寝そべりぴくりともしなくなりました。

 私は呆然とその怖そうな人を見つめることしかできません。

 私たちに迫ろうとしていた五人の男の人たちは全員たじろいでいました。


「……しかも、こんな小さな子たちを狙うだなんて……! 恥を知りなさい!」


 怖そうな人が守るように私たちの前に立ちます。

 すると、


「黒服たち! 何をやってんのよ!? すぐに処理しなさい! あたしの護衛ならそんな奴どうとでもなるでしょ!?」


 それを目にした女子生徒がそんなことを叫びました。


「「「「「は、ハッ!」」」」」


 女子生徒の言葉に従う意思を示して、怖そうな人を押さえようとして動き出す執事服を着た男の人たち。


「ちょっと!? やめて! 触らないで!」


 私たちを守ってくれた方ですが、流石に五人の相手は無理だったようで、床に伏せさせられてしまい……。


「ひゃっ!?」

「むぐっ!」


 男の人三人がかりで倒れた怖そうな人の身体の上に乗って身動きを封じ、手の空いた男の人二人に私と未来ライザは押さえつけられて……!

 このままじゃ……! と最悪の展開になることが頭を過ったその瞬間でした。



――ピロロロロ、という電子音が聞こえてきたのは!



 廊下から教室に入ってきたそれは、ロボットでした。

 私はもらったパンフレットに書いてあったことを思い出します。

 これ、この学校の警備ロボットです!


 警備ロボットの目の部分に取り付けられているカメラが起動しているのが見て取れ、撮影をしているようでした!

 こ、これは、光明……?

 ロボットが入ってきたことに気づいた一人の男の人が女子生徒に報告します。


「お、お嬢様! まずいです! これ、ここでのことが警備室に伝わっていますよ!?」


 私を捕らえていた男の人が、ここで私たちにやっていたことがばれるのはよくないのではないか? と退くことを提案しました。

 ですが、これに女子生徒は、


「は? 何を焦ってるの? 続けなさい! 男は痛めつけて、女はわからせる! あとのことはパパがどうにでもしてくれるんだから!」

「か、かしこまりました……!」


 まさかの続行を選択……!

 もしかしたら助かるかも! と思っていた私は茫然自失に……。


 打ちひしがれそう……。

 けれども、やっぱり――未来ライザだけは助けなくちゃ、ってそう感じていたのでしょうか?

 がむしゃらに動いてなんとか男の人からの拘束を振りほどき、未来ライザに抱きついていた私。

 私はあまり考えられなくなっていたので、無意識に、そうしていました。


 震えながらも、未来ライザのことを覆い隠すようにした私に彼女はすごく驚いたような表情を一瞬だけしたあと、私に何かを伝えようとしてきました。


「んんっ!」

「っ! 待って!」


 未来ライザのくぐもった声で、彼女が喋れないように布を噛まされていることを再度認識した私はその布を急いで取り払うと、


「……ほんと、セツってセツなんですね……。安心してください。



――そんな二人称なーに傷なんてつけさせません」



 そう、告げてきて。


 それから未来ライザは女子生徒の方に顔を向けて、彼女に言いました。


「京王、こんなことはもうやめましょう! 警備ロボットも来てるんです! 今ならまだ大事にはならねぇはずですから……!」


 女子生徒の説得を始めた未来ライザ

 しかし、相手は――。


「はぁ? 何言ってるの、赤羽? あたしなら、やめなくても大事になんてならないわよ! あたしなら、ね! パパが全部なかったことにしてくれるもの!」

「……っ」


 ……聞く耳を持たなくて。

 男の人の手が私の服へと伸びます。

 このあとに起きるであろうことを私は受け容れなければいけないのか? と崖っぷちに立たされた感覚を味わいました。

 ……ですが、私が恐れていたような展開にはならなくて。


 それは、未来ライザがニィッと密かに笑ったあとのこと。



「ね、ねえ、これって大丈夫なの?」

「さ、さあ……? でも、京王だし……」

「ち、小さな女の子を襲わせる、ってヤバくない!?」

「あれを見てここに来たら、マジだったよ……」



 ざわざわ、と。

 それは廊下の方から聞こえてきて、その方に目を向けてみるとそこには複数の方の姿が!

 チャラそうな人が倒れている背面側のドアが開いていたため、そこから百合女や光陸の生徒たち、文化祭を見に訪れていたのであろう方々が、スマホを片手に教室の中を覗いていたのです。


「ちょっと何撮ってんのよ!? パパに言いつけてあんたたちの人生めちゃくちゃにしてやるわよ!?」


 女子生徒が脅しますが、廊下にいた彼らは動きません。


「むきーっ! 聞いてんの――」

「お、お嬢様! 大変です! 動画配信サイトにここで起きたことがライブ配信されています! さらに何故か、お嬢様のちょっとしたわがままを旦那様が揉み消すように指示している様子が隠し撮りされていたようでその映像まで同サイトに公開されていて……!」

「は、はああああ!?」


 癇癪を起こした女子生徒に執事服の男性の一人があることを知らせました。

 それは、この状況が生配信されている、というもので。

 これって……。

 彼女たちの悪行が世に知れ渡った、ということ?


 女子生徒たちは慌ててどこかに連絡を取ろうとしていましたが繋がらないようで焦りを露にしていました。

 そんなところに紺色の服を身に纏った方たちがやってきます。


「……通報を受けてやってきましたが、まさか京王家のお嬢様が起こした問題とは……。ちょっと署まで来ていただけますか?」

「は、はあ!? あたしにそんなことしてタダで済むと思ってんの!? パパが黙ってないわよ!?」

「あなたの言うパパですが、先日クビにした使用人があなたの犯行の決定的瞬間やらそれを揉み消せと命じているパパさんの音声データなどをネットにアップしたらしく、マスコミが騒ぎ立てて大変なことになっています。あなたを庇う余裕はないかと」

「な……っ!?」


 こうして、女子生徒と彼女に仕えていた男の人たちはその紺色の制服を身につけた方たちに連れていかれました。


 教室から連れていかれる女子生徒の魂が抜けたような表情を捉えた未来ライザは呟きます。



「……まあ、……」



……………………



「――なんてことがあってね?」

「へぇ、そんなことがあったの!」

 

 翌日。

 私はギフテッド・オンラインの世界でマーチちゃんにライザの学校とススキさんの学校の合同文化祭であったことを話していました。

 事件のことは伏せていましたので、彼女は楽しそうに聞いてくれていました。

 彼女の笑顔を見ることができてよかったと思います。

 ですが、ちょっと違和感が……。



――マーチちゃん、なんかいつもと様子が違う……?



~~~~ ちなみに、十一月三日の昼前・とあるケーキ屋さんにて ~~~~



「っ! 刹那ちゃんがピンチな気がする! 店長、早退していい!?」

「ダメに決まってるでしょ?」


 逸身クロは何かを感じ取っていたが、駆けつけることは店長さんに却下されていた。



          ―――― 第八章・おわり ――――

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