第126話(第四章第1話) 穏やかなひと時1

「……他人の顔がわからない?」

「……ん。昔から。普段は声とか髪型とか体型とかで判断してる。でも、セツちゃん、体型変わってた。髪の色も声も。だから、わからなかった……」

「そうだったんですか……」


 クロ姉がライザに、どうして私だと気づかなかったのか、その理由を打ち明けています。

 私はというと隅っこの方で身体を小さくさせていました。


 クロ姉が言うように、このゲームを始める際に私は自分の体型を弄ってしまっていました。

 背は高くしていて、目を引く部分は抑えていて……。

 大人っぽくなりたかったから年齢を少し上に設定したら、声も少し大人っぽくなっていて……。

 このゲームの仕様で髪の色も変わっていて、クロ姉が気づける要素を私は全て取り払ってしまっていたのです。

 その、クロ姉とゲームの中で会うとは思っていなくて……。

 こんなに続けているなんて、あの時は想像もしていなかったんです。

 またすぐにやめさせられるんだろうなぁ、って思ってたから……。


 私が体型を弄ってしまっていた所為で、マーチちゃんとライザにはひどい遠回りをさせてしまいました。

 クロ姉は、セツが『私』だと知っていたら、仲間になることを断りはしなかったはずです。

 私は申し訳ない気持ちでいっぱいになっていました。

 


 今日は六月十日、土曜日。

 あの事件――「ブクブクの街の詐欺事件」から二日が経過しています。


 詐欺の首謀者であったあの三人を捕まえた木曜日は、あれからクロ姉には現実での用事(バイト)があって、私も夕ご飯の時間が近づいてきていましたから落ち着いて話すことができず……。

 翌日の金曜日は、まだ賠償することができていなかった被害に遭われていた方々が詰め寄ってきてその対応に追われていて、しかもこの日もクロ姉は忙しかったらしく、話をするのを見送っていました。

 クロ姉は、土曜日なら時間がある、とのことで今日、その機会が設けられたということになります。

(賠償はこの日の朝まで行っていましたが)

(それでも、最後の被害者の方に納得していただいて、これで一応はクロ姉の抱えていた問題をクリアしたと言ってもいいのではないでしょうか?)


 ちなみに、この日はみんな学校がお休みで、朝の八時からログインしています。

 今は②の十二時九分(現実で言うと午前九時二分)。

 第一層の宿屋のお部屋にいます。



「ですが、いくら顔がわからねぇからって、体型で好き嫌いを分けるのは……ん? クロは小さくておっきい子が好きなんですよね? セツはおっきくないように見えますが……。特別ってことですか?」


 ライザが部屋の中に並べられたアイテムを「視」ながらクロ姉に問いました。

 クロ姉は部屋にアイテムを並べながら答えます。


「? セツちゃんが好きだから小さい子が好きになったんだけど? 私は大分前からセツちゃんの顔もわからなくなってて、小さい子はセツちゃんかもしれないって思って接してた。そうして気づいたら小さい子が好きになってた」


 これを受けて、マーチちゃんがクロ姉に質問をしました。

 ライザが「視」終わったものを収納しながら。


「なるほどなの。だから、ボクと接する時はあんな感じだったの?」


 クロ姉はまたアイテムを出しながら頷きました。


「……そう。でも、セツちゃん、今バインバイン。小さくておっきい子が私の中で一番になった。小さいのにあの柔らかさはヤバい。セツちゃんは神! って思った。生まれ変わるなら小さくておっきい子がいい。密かに願ってた。その願い、このゲームは叶えられた。パソコンに入れてたセツちゃんの写真、ゲームを始める時に表示できて、この姿にして! って頼み込んだ。そしたらなれた。感激」

「……は?」


 ……ええ!?

 「小さくておっきい」ってそういう意味だったんですか!?

 っていうか、クロ姉!

 現実の私の体型、ばらさないでくださいよ!

 恥ずかしくて悶えてしまいそうになります!

 あと、ライザが呪詛を送っていそうな目をこっちに向けてきています!

 お願いです、ハイライトのない目で見ないでください……!


「……」


 バッキバキの目で鼻息荒く「小さくておっきい子」の良さを力説するクロ姉に対して、マーチちゃんが引いていました。

 ……自重してください、クロ姉。



 しばらくの間、私に怖い目を向けてきていたライザですが正気に戻ってくれて、クロ姉への確認を再開させました。


「……まあ、もういいです。もう一つ気になってたことがあるんですが、なんであの時、ナイフ投げてきやがったんですか? 正気の沙汰じゃねぇでしょう?」


 ライザはクロ姉が私たちにしてきたことを思い返して、ジトッとした目を彼女に向けます。

 聞かれたクロ姉はばつが悪そうにして返しました。


「……ああすればもう来ないだろうって思って。私、セツちゃんに間違われて、面倒な奴に『ダンジョン放逐』されてたから、そういう感じの奴らとは関わり合いたくないな、って……」


 と。

 ライザはクロ姉からの回答に不満を露にしていましたが、私はというと……。

 ある部分に引っ掛かっていました。



――私と間違えて『ダンジョン放逐』って、まさか、ね……?



 なんか嫌な予感がしました。



 ちなみにですが、私たちは今、ある作業も行っています。

 といっても、私だけは違うことをしていたのですが……。


 マーチちゃん、ライザ、クロ姉が行っていたのはクロ姉の所持アイテムの整理です。

 クロ姉はあの詐欺師たちから形や情報を偽られた素材アイテムを大量に買い取ってしまっていたので。

 偽物のアイテムが混じってしまっている状況だったのです。

 厄介だったのは、人やモノの姿かたち・情報を偽ることができる『ディープフェイク』というスキルを持っていた人が



――そのスキルの保有者が偽ったものは使用者が解くか他者のスキルによって解かれない限り偽られた状態が維持される『嘘の上塗り』というスキル――



 も持っていたそうで、ライザに『鑑定』をしてもらわなければいけない状態になっていたことです。


 木曜日の時点でそれを聞いた私は、使用者のMPを0にすれば解けるのでは? と考え、悪心薬L(Lv:8)をつくってあの人たちに使用したのですが、偽られていたものが元に戻ることはなく……。

 ……『嘘の上塗り』、いやらしすぎです。


 そのため、ライザはクロ姉のアイテムを一つ一つ「視て」、偽装されていたら『鑑定』スキルを使ってそのアイテムを元の姿と情報に戻していました。

 ライザが「視」終わったアイテムは、たくさんのアイテムを持つことができるマーチちゃんが一時的に収納しています。

 何分なにぶん、クロ姉には『素材管理』という、素材アイテムならいくらでも持てるスキルがありましたから、マーチちゃんに持っていてもらわないとごちゃごちゃになってしまうので。


 そして私ですが、ライザみたく真贋を見極められるわけでもなく、マーチちゃんみたいに大量のアイテムを持てるわけでもありません。

 少しでも役に立とうと、クロ姉から受け取ったものをお部屋の中に並べたり、ライザが確認したものをマーチちゃんに渡しに行ったりしていたのですが……。

 ライザの前を何度も横切ってしまって……。



――「悪ぃんですけど、ちょっと向こうに行っててくれねぇですか?」



 と、作業開始早々に戦力外通告を下されることに。

 お部屋の隅っこで静かに宿題をしていました……。



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