第124話(第三章第??話) 後悔

~~~~ 弥生視点 ~~~~



 視界が歪んでいた。

 今日も私は一人。

 俯きながら過ごしていた。

 私に対する陰口が聞こえてくる。


――「あいつ、メイちゃんを歩けなくさせたんだって」

――「うそ、サイテー」


 ……っ。

 耐えなくちゃ。

 これは、私に下された罰なんだから……。



 約一カ月前。

 私は姉を下半身不随にさせてしまった。

 ゲーム中の姉のヘルギアを取って……。

 ……知らなかった。

 ゲーム中にヘルギアを取ると、脳に障害が生じる可能性があったなんて……。

 でも、知らなかったなんて言い訳にならない。

 私は、大変なことを仕出かしてしまったんだ。


 あの日。

 私はゲームの世界で『ヤバイやつ』に遭って、ゲームをやる気がなくなって。

 外に遊びに行こうとしていた。

 姉が、姉の部屋で悶えていることに気づかずに……。

 この時、ヘルギアの問題を知っていたら……。

 姉の異変に気づいていれば……っ。

 姉が歩けなくなることなんてなかったかもしれない。

 たらればを言ったところで、過去は変えられないのだけれど。


 遊びに行こうとして家を出た時に、一旦職場から家に帰ってきていた母と会って。

 その時に、もう『DtoDダイブ・トゥ・ドリーム』はやらないことを伝えた。

 そうして、愚かな私は遊びに行った。


 家に帰るのが遅くなって。

 帰宅した時。

 私は、



――姉が救急車に乗せられるところを見た。



 私はこの時まで、姉のことをバカにしていた。

 何をやってもどんくさい姉のことを。

 けれど、この光景を見て。

 私は焦らされた。


 私はついて行こうとしたけど母に、家で待ってなさい、って言われて。

 それに従った。

 結局その日、姉も両親も家に帰ってくることはなかった。

 あとで知った。

 姉の足が動かせなくなったことを知らされて、母はショックで倒れてしまったって……。


 翌日。

 お昼前に両親は帰ってきた。

 けれどそこに、姉の姿はなかった。

 玄関まで迎えに行っていた私に、母は言った。



――「ゲーム中にゲーム機を取られた所為でメイは下半身不随になった」――と。



 頭が真っ白になった。

 それって……。



――私の所為ってこと……?



 目を見開いて固まる私。

 意図せずに身体が震え出す。

 私の過ちを自覚したから。

 そんな私に、鋭い眼光を向けてきて。

 母は聞いてきた。


――「あなたがやったの? やったんでしょ? あなたしかいないもの」


 私は答えられなかった。

 責められることからはずっと、逃げてきていたから。

 ただただ震えるばかりで。

 黙っていると、母はそれを肯定と捉えた。


――「なんでそんなことしたの!? あなたはそんなことするような子じゃないでしょ!? 家のことだって、あの子に代わってやってくれてたじゃない! そんなあなたがどうして……!」


 母の言葉に、私の身体はビクッと反応した。

 顔色がみるみる悪くなっていっていたのが自分でもわかった。

 それで母に気づかれた。


――「ま、まさか、あなた……! 家のこと、全部自分でやってるっていうのは嘘だったの……!?」


 母の顔を見ると。

 驚きと怒りに染まっていて。

 私は怖くなった。

 母の顔を見られなくなった。

 私は鍵が掛けられる自分の部屋に逃げ込んで、閉じ籠った。


 それから私は、母を避けるように行動した。

 怒られるのが怖くて……。

 鉢合わせしてしまったら怒られそうで、できるだけ家にいないようにした。

 家にいても、自分の部屋の中から出ないようにしていた。

 怖くてたまらなかったから……。



 そうして時間が経って……。

 どこから流れたのか、私のしたことは学校中に広まっていた。

 犯罪者と呼ばれて、誰も話し掛けてはくれなくなった。

 先生も、私をいないものとして扱っていた。

 苦しい……。

 つらい……。

 ……でも。

 私は姉を傷つけた。

 姉はもっと、苦しんでいる。

 だから、これは当然の報いで……。


 そう自分に言い聞かせていたけれど。

 その日、私は到頭耐えられなくなった。

 姉にしたことを思えば、こんなことで逃げちゃいけないのに。

 私の心は思ったよりも弱くて。

 私は学校を抜け出した。



 目元に溜まった涙を払いながら当てもなく歩く。

 もう、付き合ってくれる友だちもいない。

 家にも帰れない。

 私の行き場はどこにもなくなっていた。


 そうして行き着いたのはどこかの公園。

 ふと、中を見てみると、誰かがブランコに座っていた。

 それは、小さくて金色の髪できれいな女の子で。

 そんな絵になるような子が遠くを眺めていた。

 直感でわかった。

 この子も一人なのだ、と。


 私の足は、無意識にその子の方へと向いた。

 彼女だったら私の居場所になってくれるかもしれない、そんな気がして。

 けれど。


「……何かあったの? 君、独り? よかったら、話し相手に――」

「あん? 今十時ですよね? どうして小学生がここに……。ガキに心配されるほど落ちぶれちゃいねぇですよ。さっさと学校行けってんです」


 話し相手になることを断られた。

 きれいな子なのに台無しになるような口調で。


 ああ、やっぱり私は一人でいなくちゃダメなんだ……。

 そう思ったら、涙が溢れ出してきて止まらなくなった。

 私が急に泣き出したものだから、目の前のきれいな子に心配を掛けさせて……。


「ええ!? 泣くとこですか、ここ!? ちょっ、泣きやんでください! どうして泣くんですか!?」


 彼女のこの言葉が、私には、今まであったことを話してみて、って言っているように、そんな都合のいいように捉えられて。

 私はこのきれいな子に話していた。



……………………



「……姉に取り返しのつかない怪我をさせて、母親が怒ってるから家に帰れない? 加えてそのことが学校中に知れ渡っててつまはじきに遭ってるから学校にも行けないって?」

「……うん」


 私は相談した。

 最初はこの子の相談に乗るつもりで声をかけたのに、逆になっていた。

 泣きながらこんな話をいきなり聞かされたからだろう。

 目の前のきれいな子は溜息をついた。

 ……初対面の人にする話じゃなかった、ってあとになって気づいて落ち込んでいると、その子が言ってきた。


「……はぁ。とりあえず、ちゃんと謝ったんですか? そのお姉さんに」

「……え?」

「だから、お姉さんに謝ったんですか? って聞いてるんです。悪いことをしたんでしょ?」


 姉に謝ったのか? って。

 言われて初めて、私はお姉ちゃんに謝っていなかったことに思い至った。

 それどころか、お姉ちゃんがいる病院にすら行っていない……。

 謝らなければいけないって思った。

 謝りたいって感じた。

 けれど、あれからもうかなり時間が経っていて……。

 今さら謝ったところで、きっと許してもらえない。

 そう思うと怖くなって、足がお姉ちゃんの元へ行くことを拒み始める。


「……謝ってない。でも、もう許してくれるわけないよ。だから――」

「言葉にしねぇと伝わりませんよ? 関係を改善したいなら早く謝ることをお勧めします。謝っても許してもらえるかはわかりません。ですが、謝らねぇでいると、どんどん言えなくなりやがります。二人の間の空気が気まずくなりやがるんです」


 私が弱音を吐くと、きれいな子にお説教をされてしまった。

 けど、この子の言葉には妙な説得力があって。

 私はお姉ちゃんに謝りたい。

 その思いが強くなっていった。


 私はきれいな子と別れて目指した。

 お姉ちゃんがいる病院を。



 移動して、目の前にはお姉ちゃんがいる病室のドア。

 手が尋常じゃないほど震えていた。

 視界も大きな鼓動に共鳴して激しくぶれていて。

 浅くなる呼吸。

 けれど、もう逃げちゃダメだって思った。

 だから、



――コンコン



 ドアをノックして。


「はい」


 返ってくるお姉ちゃんの声に。

 一呼吸。

 私は。


 ドアを開けた。

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