第85話(第三章第1話) 現実1(ライザとマーチの場合)
~~~~ ライザ視点 ~~~~
「……うっぷ」
朝。
早い時間に起きて、
今日は五月八日、月曜日。
学生にとって望んでやまない連休が過ぎ去り、学校が始まる日です。
……まあ、わーは連休に入る前から学校を休んでいたわけですが。
それもこれも、わーにとって学校はつらい場所でしかなかったから。
立ち向かうことを決めて玄関に来たってのに、わーの手は震えてドアを開けることを拒みやがります。
その状態で五分。
「……
心配したママがわーを優しく止めてきました。
わーを包み込んでくれて、そのぬくもりに甘えてしまいたくなります。
けれど……。
「ううん、大丈夫……じゃねぇですけど、行かねぇと……。つらい、不幸だ、って言ってるだけじゃ何も好転しない。幸せになんてなれない。だからわーは、動くって決めたんです」
「未来ちゃん……」
わーはドアを開けました。
これ以上ママを不安でいっぱいにさせたくなくて、笑顔をつくって。
ちょっとぎこちなくなっちまいましたけど、それでも。
わーはママに言えました。
「行ってきます」
と。
……………………
そのあとは、まあひでぇもんでしたけど……。
キョドりながらもなんとか学校に辿り着けたわーでしたが、クラスメイトとあいつからは虐め倒されました。
それでも、証拠を押さえることができたんで教師に見せたんです。
これでいじめを終わらせられる、ってわーは思っていました。
ですが、その教師はこんなことを言いやがったんです。
――お前が自分で傷つけたり壊したりしたんじゃないか?――って。
そのあとに盗み聞いたんですが、主犯格の親がこの学校に金を出してる資産家、とかで教師でも強く出られねぇんですって。
……腐っていやがります。
わーは学校を早退しました。
こんな時間に家に帰ったらママを悲しませちまうと思ったんで、公園で時間を潰してました。
ブランコに座って溜息をついたそんなわーに、後ろから話し掛けてくる人物がいたんです。
「……少女……どうした……?」
「……え?」
振り向いてみると、そこにはモデルみてぇな女性がいました。
内巻きカールのブロンドのミディアムヘアで身長百八十センチはあろうかというほどの九頭身のスレンダーな美女。
現実のわーは百四十センチもねぇんで、この身長差にはちょっと圧倒されます。
垂れ目、垂れ眉で左目尻に泣き黒子があり、唇はふっくらとしていてかなりおっとりとした印象。
ノースリーブにデニムのパンツにパンプス、手にはポーチを持っています。
脚、長ぇ……。
……胸は現実のわーと似たり寄ったりでかなり控えめでしたが。
なんで話し掛けてきたんだ? って感じましたけど、相手がきれいな人だったんで油断してました。
同性だったことも危機意識を下げてた要因だったと思います。
ですが、女性の呟いてることが聞こえてきて、わーは現状を理解しました。
「……金髪ロリ……金髪ロリ……金髪ロリ……金髪ロリ……!」
鼻息荒く、バッキバキの目でわーのことを見てくるその女。
……やべぇ奴でした、こいつ……っ!
なんでこんなのに絡まれなくちゃなんねぇんだよ!? わーの人生、いったいどうなってやがるんですか!? ってつい思いたくなります。
わーは逃げました。
幸い、女の脚は速くはねぇようで簡単に撒けて無事に家に帰れました。
それだけはよかったです。
~~~~ マーチ視点 ~~~~
「ごめんなさい……。ごめんなさい……っ」
「……もういいの」
ゲーム中にヘルギアを外されたことで脳に障害を受け、歩くことができなくなって入院することになってから一週間とちょっと。
お母さんは毎日病院に来てくれるけれど、ずっとこんな調子だったの。
あれから複数の弁護士事務所を訪ねて、ボクの脚が動かせなくなった原因をつくったゲーム会社・
けれど、今回の件に関してはDGの落ち度は極めて低いことから賠償金の請求は厳しい、というのが弁護士の先生方の見立てで。
それよりも弥生のしたことが問題だ、という声が上がった。
それで、児童相談所に連絡がいった。
弥生は小学生だから触法少年という立場になるらしい。
法に触れかねない行為をしたけれど、刑事責任を問えない年齢だから処罰対象にならなかった。
児童相談所が必要だと判断したら犯罪少年と同じ扱いになってたとのことだけど、弥生はヘルギアを無理やり取ると障害が残る可能性があることを知らなかったみたい。
だから、児童相談所は不慮の事故としてこれを処理したそうなの。
これは全てお母さんがボクに話してくれたこと。
そして次のこともお母さんが話してくれた。
――弥生が、忙しくて家を留守にすることが多い両親に代わって家のことをやっていたのがボクだったことを認めた、と。
それを聞いた時、ボクは驚いたの。
あの子はお母さんからの評価を上げるために、お母さんたちがいない間の家事は全部私がやってる! って言ってたから。
あの子は器用だった。
一度もやったことのない家事をお母さんの前でやってのけた。
ボクの癖を完璧に再現して。
ボクはそれを見て動揺してしまった。
それでいつも通りにできなくて、ボクがやってたと証明することができなかった。
ボクは不器用だったの。
全部妹にやらせてたの!? ってことになって、お母さんはボクに冷たくなった。
反対に弥生には甘くなった。
悔しかった。
悲しかった。
ボクがやってるのに……! って。
だからボクはボクがやってるんだって気づいてほしくて、お母さんがいない時の家事を頑張った。
……頑張ってしまった。
逆効果になってしまっていることにも気づかずに。
――こうして、今回の事件を招くことになった。
甘やかされてわがままになった弥生は、スキルをほしがってボクがゲームをしている最中にヘルギアを無理やり取った。
それが全てだった。
お母さんは、弥生は事件のあと毎日外に遊びに行っている、って言ってたけど、たぶん違うと思う。
お母さんに怒られると思って逃げてるの、それ。
この場にいない妹のこと。
謝り倒すお母さん。
ボクはどうしても考えてしまう。
――ヘルギアの危険性を前もって調べて、それを弥生にちゃんと言い聞かせていたらこんな、家族が歪な形になることはなかったのではないか? って……。
この運命を避けるのはそれほど難しくなかった気がして、それがどうにも悔しく思えて。
ボクはついつい、あったかもしれない幸せな未来の夢を見てしまったの。
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