第18話 クジラ
「います」
「いるんかい」
「どこの誰?」
ピピもそんなのいるの、と訝し気な顔だ。
「空飛ぶクジラです」
「空飛ぶクジラ……だと?」
「アレ、本当にいるの?」
「います」
どうやらピピも聞いたことはあるらしい。俺も聞いたことはある。だが、あれは都市伝説だと思っていた。世界を旅するクジラとその背で霞を食べて暮らす仙人の話し。
「仙人が?」
「いや、仙人ではないですよ。れっきとした人です」
「スグル、誰か知ってるの?」
「……確信はありませんが、状況的にはこの人かなという目星はついています」
と、言いながらスグルはかなり自信ありげだ。
「俺も知ってるヤツか?」
一応、探索者の業界にいたのだからチラホラ腕の立つヤツの名前くらいは知っている。
「えぇ、恐らく聞いたことはあるんじゃないかと思います」
「なら、もったいぶらずに言え」
「はい。
「……私は知らない」
ピピは知らなくて当然だろう。まさかの日本人で、更にまるで予想外の名前が出てきたことに俺も驚いている。
「……とっくに引退しているだろ」
「えぇ。でも引退しているからと言って活動していないとは限りませんよね。誰かさんみたいに」
スグルは俺の顔を見て、ニヤリと笑う。探索者を引退して、テロ組織を追うための活動をしている俺が人の事を言えないのは確かに、そうだ。
「トーマ。ゲンゾーって誰?」
「ん? あぁ、ダンジョンが突如発生したのが二十年前だろ。その世代の人だ。ダンジョン協会が生まれ、色々な法や制度、ライセンスが整備されて初めてS級探索者になった人。んで、すぐに引退したって聞いたことがあるな」
「はい。補足すると最年長S級探索者ですね。二十年前の時点で50歳。S級になったのが55歳、そして引退したのが57歳です」
ということは今は70歳だ。そんなジィさんがクジラで世界を回遊している? 道楽か?
「いや、待て。でもなぜ神木源造がクジラの契約者だと思ったんだ?」
「はい。ダンジョン庁は日本人の探索者、A級以上の人間の行動を監視し、記録しています。
「は?」
スグルが衝撃的なことを言った。
「どうやってだ?」
「もちろん、全てではありませんよ。防犯カメラに顔認証システムを取り入れて、AI
が自動で記録を付けていくというものです。ただ、思っている以上に日本には防犯カメラの数は多く、AIは優秀と言っておきましょう」
「プライバシーとか人権的にいいのか、それ」
「もちろんダメですよ。だからこの情報の閲覧権限や存在を知っているのはダンジョン庁とダンジョン協会の中でもごく限られた人間のみです」
役所の人間はやることがえげつないな、これだから協会だの連合だのは嫌いなんだ。
「って、待て。そうなると、俺の情報も? ピピのことは──」
「心配には及びません。薙坂さんの情報は改ざんして作成するようAIのアルゴリズムに手を加えてあります」
「そ、そうか」
スグル何者だよ、コイツ。
「さて、話しを戻しますね」
「あぁ。ピピはついてこれてるか?」
「ん。私は監視されるの慣れている」
なんとなくツッコミづらいことを言わないでほしい。
「コホン。話しを戻しますね? で、この神木源造さんの行動履歴はビックリするくらいスッカスカなんですよ。日本の監視カメラのシステムには全て繋がっているので、ほとんど日本にいないことになりますね。そしてパスポートの使用履歴もない、どころかとっくに切れています」
「なるほどね。クジラに乗って世界を旅していれば、パスポートもいらないし、日本にもいない説明がつく。あとはS級探索者であるということは金の石板を手に入れられる可能性もあるってわけだ」
「その通りです。そして、クジラの目撃情報──これは玉石混合ではありますが多数あります。これに、神木源造さんが年に一度決まって日本に来る時の行動記録のパターンをAIで照合すると、かなりの確率でクジラの契約者であると出ます。99.78%です」
「めっちゃ高いな、おい。それ違ったらAIポンコツすぎるだろ」
「ゲンゾーは何しに日本に来るの?」
確かに、年に一度、日本に帰ってくる理由は気になる。
「お墓参りです。二十一年前に奥さんと息子さんを同時に亡くされたようです」
「……そうだったのか」
なんとなく重苦しい雰囲気になる。
「とまぁ、なんとなく訳アリな人な気がしませんか。それに案外、利害関係は一致するかも知れませんよ?」
スグルが無理やり場の空気を変えようと明るいトーンでそんなことを言う。
「いや、訳アリな気はするが、家族を亡くした70の爺さんが反テロ組織に入って得することなんてないだろ」
「ピピさんはどうですか?」
「誘ってみるのはタダ」
うん、たくましい。
「まぁ、幸い考える時間はたっぷりあります。三日も」
「おい早いな。え、神木源造が日本に来るの三日後なの?」
「はい。その日を逃すと下手したら一年会えません」
「お墓はどこにあるの?」
「四国ですね。香川県の高松です」
「……わりと遠いな」
「はい。前泊するとなると考える猶予は二日ですね」
「トーマどうするの?」
「……いや、まぁじゃあとりあえず会いに行ってみるか」
「了解です。では、僕の方で色々と手配しておきますね」
「あぁ。ありがとう」
「トーマ、疲れてる? マッサージする?」
「いや、大丈夫だ。ありがとう」
結局、俺は考える間もなく、神木源造に会いにいくことになったのだ。
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