第9話 極寒の地
で、それから数日後、急ピッチで準備を進め、飛行機に揺られて数時間。ロシアに到着した。感想、寒い。
「なーにがバックアップだ。スグルのやつ、日本にいる方が何かと小回りが利くって。こんな言葉も分からん、寒いところに一人で来る身にもなってみろってんだ。なんかチラチラ見られている気がするし。あー、早くダンジョンに逃げ込みたい」
コミュ障にとっては地上よりダンジョンの中の方が何倍も居心地が良かったりする。
「さて、空港は出たが……」
ここで一旦、スグルに電話する。
「もしもし。着いたぞ」
『あ、薙坂さんお疲れ様です。無事ついて良かったです』
「クッソ寒いぞ」
『ロシアですから』
「外国人さんばっかだ」
『ロシアですからねぇ』
クソ、こいつその一言で済ます気だな。
「まぁいい。で、タクシーに乗ればいいんだな」
『えぇ、そこで通話をスピーカーにして下さい。僕が行き先を伝えます』
「あいよ」
タクシー乗り場はなんとなく分かったので、そこに並び順番を待つ。
「────~」
「…………」
恐らくロシア語で話しかけてきた運転手に無言でスマホを向ける。そこからはスグルが会話をしてくれて、話しが通じたのだろう、車が動き始めた。
「大丈夫そうか?」
『はい。大丈夫そうです。そのまま目的地までは行ってくれることになっていますが、何かトラブルが起きたと感じたら電話して下さい。僕はGPSで薙坂さんの位置を把握しておきますね』
「……あぁ」
別にプライベートでもないし、プライバシーだのなんだの言うつもりはないが、自分の居場所が常に監視されているってどうなんだ。まったく。
『どうしましたかー?』
「……一応聞いておくが、盗聴とか盗撮とかしてないよな?」
『何言ってるんですか。そんなプライバシーの侵害行為するわけないじゃないですか』
ちょっとムッとした声で反論してくるスグル。あれ、俺がおかしいのか?
「いや、ならいい。まぁじゃあまた後でな」
『はい。薙坂さん、どうかお気をつけて!』
「あいよ」
そして通話を切り、車に揺られること二時間。良く言えばとても自然が豊かで、正直に言えば随分と辺鄙なところに止まった。どうやら目的地のようだ。俺はもう一度スグルに電話を繋ぐ。
「もしもし。目的地についたようだが、合ってるか?」
『はい。GPSで確認しましたが、合っていますね』
「そうか」
カードで支払い、タクシーを降りる。
『では、今から送る地点まで向かって下さい』
「あいよ」
ラインにアドレスが貼られる。マップアプリで開く。指し示すのは山の方だ。暫く歩くと──。
『山の中腹にダンジョンゲートがあるみたいです』
「あぁ、あったな。恐らくあそこだ」
堅牢そうな建物が見える。ダンジョンは異空間だ。現実世界にはゲートがあるだけ。そして、そのゲートを管理する建物がそのゲートを中心に建てられるわけだ。
『では、薙坂さんリベンジャー鬼に変身を』
「……仮面付けるだけだろうが」
エリートで超優秀なうちのブレーンが考えてくれた作戦。変装して、強行突破してダンジョンに入ってしまえば、そう簡単に追いかけてこれない作戦だ。一見ふざけているが、確かにダンジョンレベル11000に突っ込んでこれる探索者など数えるほどだろうし、警備員や職員などもってのほかだ。
そして俺は出発前の会話を思い出す。
『なぁ、スグル。ダンジョンに突入するときはそれでいいが、帰りはどうするんだ? 警察とか軍とか待ち構えているだろ』
『えぇ、熱烈過激な出待ちがいるでしょうね。でも、薙坂さんなら大丈夫です。変装して、ロキさんに乗って逃げましょう』
『……なぁ、もうちょっと頭良さそうな作戦はないのか?』
『ないですね。結局のところ、施設出身の探索者を連れ出すとなれば、IDの偽造や正規の手続きに見せかける小細工のしようがないんです。つまり、逃げ切るしかないんです。だったら最初からそのつもりで行った方が良いかと』
『……なぁ、スグル。今更なんだが、どうしてもそいつじゃなきゃダメなのか? もうちょっとイージーな求人があるだろ』
『いえ、残念ながら薙坂さんクラスで、リベンジャーズの条件に当てはまり、勧誘の成功率が高いのは、この案件です』
という会話だった。スグルは見た目はナヨナヨしているが、俺に対して堂々と意見してくる。
『薙坂さん、どうしました?』
「いや、スグルが意外に頑固だなってことを思い出してた」
『フフ。僕には僕なりの信念がありますから』
「さいですか。じゃあちょっくら勧誘いってくるわ」
『はい、お気をつけて。向こうの出方や配置次第で逃走経路は変わりますので、ダンジョンから戻り次第電話を繋いでください。最善の逃走ルートを指示します』
「あぁ、頼んだ」
『えぇ、ご武運を』
通話を切る。俺はアイテムボックスから鬼の仮面を取り出してつける。ダンジョンでのドロップ品で認識阻害のエンチャントが付いていたため、この仮面での突入となる。
「どこからどう見てもヒーローには見えないな」
鬼の仮面をつけて鏡を見た時のことを思い出し自嘲する。ちびっこたちが喜んで駆け寄ってくるどころか、裸足で逃げ出すであろう姿を。
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