無味感想

小狸

短編

 友達が、さる小説を大層薦めてきた。


 それはいくつかの大賞を受賞しており、世間的にも認められた小説であった。作者の方も、趣味程度で読書をしている僕でも知っているような著名な方で、成程きっとそれは面白いのだろうと思った。友達も折り紙付きに太鼓判を押していたので、安心して読むことができた。


 そして、つい先刻。


 その小説を読み終えた。


 僕は一人暮らしをしている。今日は朝しか講義を入れていないので、講義後すぐに帰宅し、ベッドに身体を預けて、友人から借りたその小説を読んだ。


 読んで、読み終わって、栞を最初のページに戻して、本を閉じた。


 僕は、しばらくぼうとしながら、自室のベッドに横になり、天井を見ていた。


 面白く、なかったのである。


 面白いと感じることができなかった。

 

 や、どこぞのはすに構えた大学生が、有名作品を非難したいがために、斜め読みしたのだと思うことだけは避けたいので、言い訳をさせて欲しい(一文の中に『斜』の字が二つ入っている所が、実に僕らしい)。


 僕は、ただの読者である。


 読者として作品に対してこうあるべきとか、読者は作品をこう読むべきとか、作品を読む際には作者のことを熟知した上で小説を読まねばならないとか、そういった固定観念や高い意識とは無縁な、ただの、時々小説を読む、好きな作家先生の本はたまに買う――程度の、平平凡凡な読者である。


 そして、この本を、面白いと思うことができなかった読者、でもある。


 友人は一体何を思って、この小説を薦めてきたのか、理解することができなかった。


 小説はそれ単体で完結しているものであり――要するにシリーズ物の中の一刊だとか、そういう事ではない。いわばノンシリーズである。


 しかし――これも何度も言っているのだが、面白いと思えなかった。


 設定か、舞台か、登場人物か、会話か、地の文か。


 どうして僕がこの小説を面白いと思えないのか、その理由を考えてみた。


 そのために、もう一度読んでしまった。一度目よりも時間が掛ったのは、そういう細かい所に目を行き届かせるようにして読んだからだろう


 しかし、分からなかった。


 何が分からなかったのか、と言えば、それは「この本を面白くないと思う理由」である。


 作品は、所謂いわゆる青春ドラマとミステリを融和させたような構造の作品である。元々作者の方はミステリを良く書いており、その部分が鼻についたとか、そういうことはない。むしろ良くできていたと思う。ならば青春ドラマの方はどうか、と言えば、こちらも良くできていた。友人のように、この作家先生の著作を全て読破している程の読書人ではないので一概には言えないが、この人の別の作品は、一度読んだことがあった。そこでも、中学生の、少し透明感のある語り部が、物語を進行していたように思う。作品自体も、ハッピーエンドとまでは言えないものの、作中の主人公を初めとする人々に救いのある終わり方になっていて、味が濃いというか、読書カロリーが高い作品という訳ではなかった。


 や。いやいや。


 別にこの小説の内容をつまびらかにしたいという訳ではないのだ。


 僕は、この小説が面白くない理由を知りたいのである。


 正確には、「僕自身が面白くないと思う理由」か。


 世間ずれしているつもりは、毛頭なかった。


 むしろ流行には聡い方だと自覚している――にも拘らず、どうしてもこの作品を、面白いと思うことができないのか。


 結局二度目の読み直しでも、その小説を、面白いと思うことができなかった。


 何だか不安になってきた。


 面白い、世間では、確かに面白いと言われているのだ。


 実際大賞も受賞している、ということはつまり、多くの選考委員や作家先生が、それを選定の対象として審査しているということになる。


 その上で絶賛されているのだ。帯の文句にも、現役で大活躍する作家先生からの推薦文が堂々と掲げられていた。それを面白いと思えないというのは、僕の感性がどうかしている、ということなのだろうか。


 面白い――そもそも面白いとは、何だろう。


 辞書的な意味では、「興味をそそる」、「興味深い」、「楽しい」、「愉快だ」、「心惹かれる」などが挙げられるだろう。


 楽しくない?


 愉快ではなかったのか? 


 逆説的に考えてみよう。


 いやいや。


 物語の構造も、登場人物も、トリックも、面白い要素は幾つもあった。


 でも――総合的に見て、僕は面白いと思うことができなかった。


 何故なぜだ。


 何故、面白くないのだ。


 それが何となく、悔しかった。


 友人は、これを面白いと思って読んだ。それ以外の、前述した選考委員の方々もそうだ。全員一致で大賞受賞したと書かれている。少なくともそこにいる人々は、面白いと思ったはずである。


 そう思い。


 僕は三度みたび、その小説を手に取った。


 と、その前に、僕は気付いた。


 流石に何度も読んで、本の品質を悪くしてしまっては、例えばどこか曲げてしまったりしては気が引ける。


 これでも本は大切にしたい派の人間なのである。


 友人から借りたその小説を、借りた時にもらったビニール袋に戻した。


 靴を履いて、家を出た。


 本屋は、駅の近くに全国チェーンの店舗がある。これだけの大賞を受賞した作品だ、確実に在庫はあるだろう。


 面白くないと思う自分をくつがえすために。


 その小説を買おうと、僕は思った。




《Dry Impressions》is the END.

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