バケツ

ぶり。てぃっしゅ。

バケツ

 風が強い日だった。

 残業をして十一時に会社を出た。時間帯が時間帯だけに人通りが少ない駅のホームで電車が来るのを待つ。暇だからスマホで動画サイトを見る。いつも最初に見るのはニュースの動画だった。昼のニュースを見てみる。


「今日、東京で春一番が吹きました」


 春一番。

 春先に吹く南寄り(東南東から西南西)の強風らしい。

 確かに今日は風が強い。ホームを吹き荒れる風にコートがなびく。

 ニュースが終わる頃に、ホームに電車が入ってきた。

 俺は電車に乗り込む。十一時を回った電車に乗客は少なく都心の電車と言えども座席に座ることができた。スマホに開いたままの動画サイトに目を通す。


 家の最寄り駅に着いて電車から降りる。

 もう流石に十二時を過ぎていた。日付が変わってしまった。

 連日の残業にへとへとになりながら重くなった足を動かしていく。

 歩きなれた道真ん中に、ふとバケツが転がっているのが見えた。


「バケツか……」


 淡いピンク色のバケツだった。

 強い風に右に左に揺れている。


 俺はバケツに触れないように道の端を歩く。バケツとすれ違おうとした時、バンと音がした。すぐそばだった。俺はキョロキョロとしてしまう。音の発生源を探そうとしたのだ。


「気のせいか……?」


 そう思って、一歩踏み出そうとした時、再びバンと音がした。今度は聞き間違いじゃない。


 どこからだろうか?

 月だけが輝く夜空に視線を移す。どこだ? どこだ? と思っていると、更にバン、バン、と音がした。急に薄ら寒くなってきた。この音が自分を呼んでいる気がしたからだ。音を鳴らすことで自分に気付いてほしいと言っているように感じた。

 恐ろしくなった俺はその場を立ち去ろうとした時、バンバンバンバンバンバンとけたたましく音が鳴った。

 

 ビクリとした。


 音の原因に気づきたくなかった。だが、気付いてしまった。

 理性ではやめろといいながらも視線はそれを探してしまったのだ。


「え……? あ、あ……」


 道路の脇には廃屋のような建物がある。朽ちた、数十年も誰も住んでいない一軒家。その家の道路に面した窓に何かが立っていた。


「何だ……? あれ……」


 人型。

 確実に人の型だ。

 人型が窓を叩いている。音の原因はあれだ。

 だが、何かがおかしい。

 何だろう……?

 思考をめぐらす。窓から視線を外さず。

 あ、っと思った。

 分かってしまった。

 おかしい個所を。


 右の肩から左の肩のシルエットが一直線なのだ。

 普通じゃない。

 そうだ。普通じゃない。

 普通は両肩を結ぶ線は一直線ではない。

 肩と肩の間には頭がある。

 だが、あのシルエットにはそれがない。

 それが意味するところは……。


「頭が無い……」


 そんな馬鹿な。そんなことは無い。あれは動いている。頭が無ければ窓を叩くことなどできないはずだ。窓の中は暗闇の筈なのだが、シルエットを認識できる。

 なぜだ。


 バケツの中には生首が入っていた。

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バケツ ぶり。てぃっしゅ。 @LoVE_ooToRo

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