二叉
小狸
短編
*
ふと、衝動に駆られることは、誰しも起こりうることである。
その衝動は予想が付かず。
その衝動は想定が出来ず。
その衝動は想像が追えぬ。
その衝動が社会的に
例えば私が、そうである。
二叉になっているということは、
その場所は、時に叉、付け根、分岐、分水嶺、転機、
私には、それが許せない。
何が、誰を許せないとか、最早そういう次元の話ではない。
許せないのである。
これを言葉にするのに、正直かなりの時間を必要とした。
いや。
少なくとも今に至っても、この原因不明の衝動の根源を全て言語化することは、叶っていない。実際「許せない」という表現を用いているだけで、前述の通り「何が」「誰を」許せないのか、その正体は未だ暗雲の中なのである。
分からない。
けれど、そういうものを見ると。
許せないという感情が、
湧いて来るのである。
幼少期、公園に落ちている木を延々を裂いていたのは、何を隠そう私である。
己の指の付け根や足の付け根を見ると、苛々して仕方が無かった。
引き裂いて、2つに分けてしまいたい衝動に駆られていた。
極力見ないようにしていた。
この衝動は、流石に己の生命に支障をきたしかねない事柄については、本能的にストップを掛けるらしい。
例えば、指の付け根を根本からびりびりと(人体を千切る表現としては不適切かとは思うが、あまり過激だと規制されかねないので許していただきたい)引き千切ろうとは、思わなかった。たとい思ったとしても、それを行動に移そうとは思わなかった。
ただ。
二叉に分かれているものを見ると、思うのである。
2つに分けてしまいたい。
二分してしまいたい。
プラナリアという生物の存在を知った時は、驚いたものだった。
永久に千切り放題ではないか――とも思ったけれど、流石に限界があるらしい。
私は、そんな衝動が行動に移らないように、細心の注意を払っていた。
仕事でのパソコンのケーブルの分岐、配線の叉の部分に始まり、小さな所に叉は存在している。私はそれを極力見ないように努力しながら、日々の生活を送っていた。
しかしある日。
その抑圧された衝動が、あっさりと瓦解する日がやって来る。
ある朝のことである。
いつもは早めに家を出るようにしているが、その日は生憎人身事故で、電車がしばらくストップしていた。一度駅へ向かったけれど、動く気配がないので、会社へ遅刻の連絡をし、運転再開までしばらく待つことにしたのである。
一旦家に帰ろうと思い立った、その時のことであった。
小学生が、登校していた。
いや、この時世である。小学生に対する表現には注意を払わねばならないのは誰よりも理解しているつもりだ。私も必要以上に小学生に対しての描写をせぬよう、個人が特定されることのないよう、心掛けたい所存である。
それだけならまだ良い。
その中の。
1人の児童が。
髪の毛を二つ結びにしていたのである。
二叉に。
その瞬間、私の視線は。
その児童に釘付けになった。
それ以外の思考が、排除される感覚。
まずい――これは、まずい。
この思考は、実にまずい。
そう思いながら、私の手足は、勝手に動いていた。
今までの抑圧の反動であると理解したのは、もう少し後の話で。
話で。
思考は
そこのみに
今は。
私は。
2つを。
1つに。
2つ。
分岐。
二叉。
1つ。
2つ。
1つ。
2つ。
1つ。
2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。2つ。
――1つに。
私は。
ツインテイルを引き裂いて。
1つにしようとした。
*
(了)
二叉 小狸 @segen_gen
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