第21話

 健一は暇さえあれば佐世保市名物の三ケ町・四ケ町アーケードを周遊していた。佐世保港より徒歩圏内に大型ショッピングモールが開設されるまでは、そこが若者の集うエリアだったからだ。単なる目の保養ではなく、自身の欲を膨らませる対象の群に健一一人が埋もれている。そう思うだけで、気分が高揚した。その群から抜け出すように、宇門と宇留美の双子が輝いて見えた。魅入られた健一はアーケードの周遊頻度が週四日から週六日に代わった。六日で膨らんだ欲を一日自宅で発散するというサイクルである。その中で双子が頻繁に市立美術館に出入りしていることが分かった。そうなれば健一の行動も定まった。

 美術館最寄りのコンビニでアルバイトを始め、シフトは朝から夕方までの時間帯に固定。小学校の授業が終わるころを見計らって、美術館周辺を徘徊。双子を調べているうちに、母親の素性まで把握できた。個人での生業ならば職場の人間関係が存在しない。健一が不意に近づいたところで誰にも相談できない。桃代は健一にとって完全に性的興奮の対象ではないが、近づく価値はあった。

 まずは相談役である菊代を桃代から切り離す必要があった。菊代の評判はアルバイト先で知り得た。同僚の身内が京町のスナックで働いているが、菊代の助言で昼職へ切り替えを検討していた。健一は悩める立場を偽り、菊代の仕事場をピンポイントで割り出した。路地裏に身を潜め、菊代が仕事を切り上げるまで待った。菊代がコインパーキングに向かう途中、背後から転倒させ、鈍器で後頭部を強く打った。菊代は運悪く脳震盪を起こしその場で息絶えた。次に直広を狙った。知人をはした金で雇い、直広に暴力をふるわせた。健一が動かした男は二名、どちらも家を失っていた。健一は決して高級どりではなかったが、安定した給料がある点では、強盗にあっても不思議ではない。健一はそれを狙った。直広を気絶させて東彼杵郡までトラックで運ばせた後、健一はトラックを降りた男を二人とも田んぼに沈めた。直広の奪われた金を横取りした。ついでに雇い金も取り戻そうとしたが、男たちは生前しっかり使い果たしていた。

 その後健一はコンビニでのアルバイトを辞めて桃子に近づいた。家族を二人も失い、桃子は人への免疫が一層弱くなっていた。

 健一は腿事の結婚に集中し始めたので、健一の両親を始末することなど頭になかった。

 桃子を分別がつかなくなるまで操縦し、最初に宇門に手をかけた。ここまでことを運ぶのに健一は苦労しなかった。宇門が宇留美を可能な限り父方の実家に身を寄せさせ、自身に健一を引き寄せていたからだ。

 宇門は体を組み敷かれてもなお、健一を見下していた。

「この僕では、宇留美の盾にはなれん。その代わり声から毒の染みた矛ば何兆本も出せる。お前のメンタルば絶えず刺し、毎日毒の濃くなる。この後お前は僕のこと殺した気になるやろうけど」

 健一が首にかけた両手に力を込めるも、宇門の目はうすら笑っていた。

「僕はすでに……お前の骨すら残さんごと……殺しとる……」

 そこで宇門の息が詰まり力が抜けた。健一はこの言葉を聞き流していた。服を脱がし唇で貪るのに夢中だった。

 その一部を桃代が目撃した。発狂し健一を押し退けるも細腕では敵わなかった。気づいた健一が宥めたところで遅かった。桃代は既に自我を失っていた。その場で逃げ出した。

 二日後、定期的に様子を見に来た宇留美が、衰弱した桃代と変わり果てた宇門を発見した。

 宇留美は一瞬膝が震えて足腰が硬直し、うずくまる桃代のところまで這った。桃代の唇に耳を寄せると、ようやく状況を把握した。健一が宇門に手を出したことを繰り返し呟いていた。宇門の姿を見て「手を出す」の意味を察した。宇門は下着の代わりに白い粘液を腹部にまとっていた。首には圧迫の跡も色づいていた。

 宇留美は受話器を掴んだが、思うように伝えることができなかった。駆けつけた警察は桃代の言うことを真摯に受け止めず精神科に送り込んだ。孫の片割れを失ったことで直広の両親も塞ぎ込み、宇留美を育てる余裕がなくなった。

 宇留美は大人たちに負けないくらいショックを受けた。自分だけが父方の実家に逃がされていたことを恥じた。宇門を守れなかったことで未来がなくなったと思い、やがて一つの結論に至った。

 宇留美が宇門になることだった。

「青柳——宇門です」

 新しい保護者、妙子は聞いていた事情から幼い心情を悟り受け入れた。

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