第4話
妙子の依頼を受けて一週間、一つの手がかりを掴んだ。
二人の児童、中溝
夏休み前に開かれた保護者会にて、スマホの使い方について注意点が述べられた。
SNSアプリにて謎のダイレクトメールを受信しても無視すること。返信もせず内容に何一つ応えないこと。
長崎市ではそのダイレクトメッセージを受信した生徒は報告に挙げられていない。しかし長崎県内では一人がそのダイレクトメッセージを受け取った後行方不明になっている。
警察はこのことを公にしていないが、教育委員会を通して各校の保護者会にて発表されている。教育に熱心な実親がいれば、生徒も情報をしっかり把握している。
しかし大勢の児童を抱える養護施設では、児童の耳に情報を深く刻ませることが難しい。
手練れの妙子でさえ、注意事項を共有させることで精一杯だ。児童は大人の話を聞くよりも自分たちの遊びで頭がいっぱいだ。その綻びが、今回の失踪に繋がった。SNSの危険性について無知に近い阿可梨と玲央が実親と暮らす友人にスマホを借りた可能性が高い。実親にきつく言い渡されていたとはいえ、子どもに過ぎない。同世代の友人に頼まれれば、後先考えず頼みを叶えようとする。今後、阿可梨と玲央にスマホを使わせた児童は大人たちからきつく叱られるだろう。そういう経験がなければ、子どもは本当の意味で理解できない生き物だ。
宇門には対象の児童を指導する権限がなく、そうする意思もない。
探偵見習としての業務は阿可梨と玲央の捜索と保護のみ。宇門は二人の友人を一人ずつ洗い出し、保護者の了承を得てスマホを預かった。
その後、宇門は事務所に戻り、SNS履歴の解明に集中した。天玄が促しても自宅に戻らなかった。
ネットのサイバーシステムに関しては、剣人も尽力した。剣人は宇門よりも物理的なシステムに強く、推測する宇門と対照的にネットワークを地図化して証拠として提示する。天玄が剣人を右腕として信頼する大きなポイントである。
その剣人は、ネットワークの地図化を理由に、小学校訪問以来、宇門を一切補佐していない。それどころか天玄の許可なく単独で動いている。天玄も詳細を把握していない。
「青柳くん、負担になっとらん? 佐野くんのことだから、そのうち収穫ば持ち帰ってくれるやろうけど、そいまでが大変やろう」
「ありがとうございます。でも所長のおっしゃるとおり、佐野さん、そのうち戻って
天玄は右腕への立腹よりも部下への心配のほうが勝っていた。天玄は宇門に限らず、部下には甘い。
宇門は、そのような天玄を嫌いになれなかった。宇門が過去に身を置いた男社会では、確実に生き残れない性格だ。肩身の狭い思いをした分、宇門も天玄の立場に負けず踏ん反り返ることもできた。それでも部下としての態度を崩さなかったのは、天玄を嫌いになれないだけでなく、庇護として甘えたい気持ちもあったからだ。しかし宇門と天玄は血縁関係ではない。ときおり父のように感じることもあるが、それは宇門に実父との思い出が少な過ぎるせいで陥る錯覚に過ぎない。天涯孤独の宇門には、部下として敬う立場を守り抜くしかない。
そうは言っても、やはり天玄の右腕である剣人への疑念を捨てることができていなかった。剣人は一見天玄に従っているようにみえるが、実際は柔らかい物腰で天玄の行動を操作している。常に天玄を事務所に留めていた。宇門はそれが傀儡に見えて、それを見ている自分に吐き気を感じていた。
「所長、もうお帰りになってはどがんですか。自分も上がりますけん」
パソコンと向き合っていた天玄は、出勤して初めて壁時計を見た。
「一日が過ぎるとの早かね。青柳くんがタイムカードば押したら戸締りしようかね。なに、佐野くんなら勝手に帰宅しとるやろ」
天玄は宇門が事務所を出るまで、頑としてパソコンの電源を切らなかった。
「休日、グラバー園に行ってみたらどがんね。今月いっぱい、市民は入園料無料らしかけん。中心街よりもはるかに自然の多かし、気晴らしにでもなるやろ」
宇門が扉を閉める間際、天玄は重圧をかけた。こうでもしなければ、宇門は休日であっても仕事をしてしまう。非番に待機する警察官時代からの習慣である。天玄よりもはるかに体力のある二十六歳ゆえに、過去の習慣を改めようと思う余地がなかった。
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