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その質問には今日も苦笑いになる。
「また出た、お嬢様のその質問。」
「だって気になるんだもん。」
「そう言って、俺が高3になった頃からそんな質問をし始めて、お嬢様が何してるんっすか。」
「お嬢様の方がそういうことに興味津々みたいだよ?
学校の友達もお嬢様の子ばっかりで、みんな凄く興味津々だもん。」
「羽鳥さん、普段そんな風に見えないのにムッツリスケベじゃん。」
「・・・私だけじゃないもん。
それで、幸治君の初体験はどんな感じだった?」
羽鳥さんが声を弾ませそう聞いてくるけれど、その顔は凄く泣きそうな顔をしている。
この人は何故か俺のことが好きなようで。
それも凄く好きなようで。
俺に彼女がいないことも知っているのに、何故かセックスはしていると思い込んでいる。
お嬢様の思考回路はよく分からないけれど、基本的には澄ました感じのお嬢様である羽鳥さんがこういうことを言ってくるのもめちゃくちゃ可愛いギャップで。
可愛いというか、エロいギャップすぎて俺には対応出来なくなる。
「羽鳥さんの想像に任せます。」
今日もそう答えて対応した。
「え~・・・ちょっとくらい教えてよ~。
キスとか・・・してから?」
顔を真っ赤にしながら、でも泣きそうな顔でそんなことを聞いてくる。
こういう質問の時にいつも思うのは、この人はムッツリスケベらしいので俺のそういうことを妄想しているのかなと。
お嬢様でもそういう妄想をしているのかなということで。
男子高校生の俺は羽鳥さんの妄想も夢も見まくっているので、羽鳥さんも俺のことを考えてくれているならめちゃくちゃ嬉しいしめちゃくちゃ興奮する。
「どっちだと思います?」
「え・・・!?
・・・してからかな?」
「それで?」
「それで・・・洋服を脱がして・・・。」
「あ、洋服着てたところからスタートなんだ?」
「えぇぇ!?始めから脱いでるの!?」
そんな可愛いリアクションには大きく笑ってしまい、店の中の時計をチラッと確認した。
「羽鳥さん、スープも飲み終わりましたしそろそろ帰って貰えますか?」
今日も俺がそう言うと、羽鳥さんが凄くショックを受けた顔になり慌てたように下を向いた。
「そっか、そうだよね・・・。」
そして最後にコップに残っていた水をゆっくりと全て飲んでいった。
その姿を眺めながら、いつも思う。
“まだ一緒にいたいな”と。
“このまま一緒にいたいな”と。
“このまま2人で店の外に出たいな”と。
今日もそう思いながら慌てて自分の姿を見下ろした。
そしたら、書いてあった。
まるで自己紹介のような文字が俺の身体に書いてあった。
“中華料理屋 安部”と書いてあった。
羽鳥さんの大好きな“中華料理屋 安部”。
でもその羽鳥さんと並んで歩くことは出来ないような“中華料理屋 安部”。
高い服なんて知らない俺でも分かるくらい、何だか凄く高そうなワンピースを着ている羽鳥さん。
どこをどう見てもお嬢様、それも大人のお姉さんの羽鳥さんの隣に“中華料理屋 安部”のこの姿で並ぶことなんて出来ないと今日も思う。
今日だけではなくずっと先の未来でも思っているはずで。
この先ずっと、俺はこの店で羽鳥さんを待ち、この店で羽鳥さんを見送ることしか出来ない。
俺はそれくらいの男だった。
羽鳥さんにラーメン1杯を出すことしか出来ないただの“中華料理屋 安部”だった。
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