3
「幸治君のことを貰うって、どういう意味だろう・・・。」
店を出たオジサンが閉めた扉を眺めながら羽鳥さんが呟いた。
「さあ?」
言葉通りの意味だろうなと思いながらそう答えた。
この目の前に座るお嬢様は何故か俺のことが好きなようで。
それは俺も常連さん達も気付いている。
唯一気付いていないのは当の本人だけ。
意地でもその気持ちは認めないらしい。
認めてしまったらきっとこのお嬢様はこの店に・・・俺に、会いに来てくれることはないのだと分かる。
他の常連さん達が思っている以上にこの人は生粋のお嬢様だった。
“本物”のお嬢様はこんな感じなんだなと、お嬢様も大変なんだなと、そう思わずにはいられないくらいのお嬢様。
そしてそのことを俺が知っているくらいの常連客。
この人はそれくらい俺に色々なことを話している常連客だった。
「羽鳥さん。」
オジサンがいなくなってからこの人を“羽鳥さん”と呼ぶ。
羽鳥さんは自分が何処のお嬢様であるかは隠しているようだったので、他のお客さんがいる時には名字を呼ばないようにしていた。
俺の呼び掛けに羽鳥さんはパッと俺を見上げた。
カウンター越しに見るその顔はさっきまでの顔とは明らかに違っていて。
どこをどう見ても“嬉しい”という顔をしている。
それには思わず吹き出しそうになるのを我慢しながら普通に笑い掛ける。
“めちゃくちゃ可愛いな”と、“7歳も年上のお姉さんがこんなにも可愛い”と、そんなことを今日も思いながら笑い掛けた。
“普通”の高校にも通わずに“普通”の家族でもない、“普通”以下のお金しかない家の俺がたった1つ持っているのは、どうやらこの顔面の作りだけなようで。
中学の頃の同級生や先輩や後輩、その女の子達もこの店に俺の顔面目当てで通っているようで。
俺が作るラーメンが美味しいのかどうかも分からないような感じで、俺の顔面以外何の興味があるのかも分からないような感じで、定期的に通いお金を払っていく女の子達。
ある種の常連客であるので無下にも出来ず、かといって構う気にもならずに“普通”程度に接している。
俺と2人きりになった瞬間、全身から“嬉しい”が溢れてしまっている羽鳥さんを見下ろす。
“やっぱり、この顔には誰も敵わないな”と思いながら。
それは顔の作りとかそんなことではなく、何でかは分からないけれど俺のことを深く好きでいてくれるようなこの雰囲気。
ただ“羽鳥さん”と呼んだだけでこんなに幸せいっぱいな顔で俺に笑う人はこの人くらいだろうなと、そう思わずにはいられなかった。
俺は“普通”以下の高校生でしかないから。
そんな“普通”以下の自分、“中華料理屋 安部”を嫌いにならずに済んでいるのは、羽鳥さんの存在もとても大きかった。
誰に何を言われても「“中華料理屋 安部”が好き」、そう堂々と答えてくれる羽鳥さんの存在とその言葉に俺は何度も何度も救われ、当たり前のように好きになった。
好きになった・・・。
好きになってしまった・・・。
「羽鳥さんは誰かにチョコを渡したんですか?」
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