第2話 桜の木(隆之介視点)

「隆之介、このアングルなら、どうかな?」


 海斗に寝取ると宣言された放課後、俺は可憐を呼び出した。撮影しながら、小説の構成を考える。こんなことをしても寝取られエンドを回避けることはできないが、このフラグを無視すると、鬱シナリオに直行する。


「いや、やはりお前では無理かも知れない」


「せっかく小説のモデルやってあげてるのに、それって酷くない?」


「俺は普通の可愛い女の子と言ったはずだ……、なんでオタクの可憐なんだよ!」


「こんな可愛い娘捕まえて、隆之介ったら、まだ不満なの?」


「俺は、オタクじゃなくて普通の女の子がヒロインの小説を書きたいと言ったはずだ」


だから・・・、普通の女の子が来たんじゃん」


「可憐が普通の女の子なら、女子の殆どが普通の女の子になるだろうが」


「失礼ね。上には上がいるよ」


「下には下が、だろ」


 可憐とたわいもない話をしながら、可憐が寝取られる事実に俺は強い胸の痛みを感じていた。


「なあ、お前……、海斗と何かあったのか?」


「えっ!? 海斗くんがどうしたの?」


 本来、このセリフはこのシーンで俺が言う台詞ではない。でも、もしかしたら、可憐は俺に助けを求めているかも、と思い俺は可憐に聞いた。


「いや、何でもない」


「変な隆之介だね」


 変なのは可憐だ。この時点で可憐は海斗に屋上に来て欲しいと声をかけられている。その事実を言わないのはなぜだ。フラグ管理されたゲームの世界なので当たり前なのだが、転生した俺にはどうしてもそう思えてしまう。


「それより、シナリオの確認しようよ」


「ああ、そうだな。このシーンは伝説の樹の下で主人公とヒロインが出会うシーンだよ」


「なに、そのベタなシナリオ……、しかもどっかで聞いたことがあるよ」


 可憐は鞄を後ろ手に俺にニッコリと笑った。なぜ、そんなに平気な顔をしてられるんだよ。


「伝説の樹って、どれのことかな?」


「あぁ、この桜坂を登ったところにある桜の樹だよ」


「ええっ、この地獄坂をまた登るの?」


「どうせ、クラブに戻るんだろ。なら一緒じゃないか」


「まあ……、そう、……だけどね。でもそれなら、ここまで降りてこなくても良かったよね」


 遅刻寸前、ここまで走って来た生徒はここで力尽きる。地獄のような坂から、生徒達は地獄坂と呼ぶようになった。


「一度、全体を見ておきたかったんだよ」


 放課後イベントを避けたかったなんて言えるわけがない。


「ふうん、まあいいや。じゃあ登ろうよ」


 俺は坂を登りながら、ちらっと可憐の胸を見る。着痩せするタイプだが、胸は結構ある。海斗は胸の大きな娘が好きだったはずだ。


「どうしたの?」


「あっ、いや。ちょっと考え事をだな」


「へえ、そうなんだ」


「そういやさ、お前、今年は夏コミ出展するのか?」


「うん、コミケは資金源だからね」


 そう、可憐は人気イラストレーターで、コミケの参加を欠かしたことがない。今回もブースを取っていた。まさか、出展作が当日出来上がらないなんて、この時の俺は知る由もない。


「お前、出展作は出来上がってるんだろうな」


「……、うん、いつも余裕でしょ。わたし落としたことないよね」


 嘘だ。こいつは海斗にのめり込んでいき、当日出展できなくなる。


「もし、大変なら俺の手伝いなんてしなくていいからさ」


「気にしなくても大丈夫……、そんなことより、隆之介の方が大変でしょ。前の作品、二巻で打ち切りになったそうじゃない」


 そうだった。この世界での俺は、駆け出しのラノベ作家だった。前作の渾身の作品が売れなくて二巻で打ち切りになった。あまりの悔しさに、今回はオタクと普通の美少女が織りなすラブコメ小説を書こうと思っていた。


「あーっ、これだよね。桜の樹、ここで卒業式の日、告白するとふたりは一生幸せになるんだよね」


「オタク界隈で有名な噂だな」


「実際、告白したらどうなるんだろうね」


「冗談で当時付き合ってた先輩が、彼女とに告白したら三日後に別れたらしいよ」


「うわ、呪いの木じゃん。それ……」


 可憐は嬉しそうに笑った。もし、この樹の噂が本当であっても、可憐が俺に告白する事はない。


 そう思いながら木に身体を預けた。登って来た坂道をぼおっと見ていると坂の下に麦藁帽子を被った女子生徒がいた。あれ、こんなシーン、ゲームにあったっけ?


 その瞬間、強い風が巻き上がった。坂の下にいた少女の帽子が空に舞い上がる。


「あの!! すいません。帽子を取っていただけますか?」


 帽子は、しばらく空をゆっくりと滑空してたと思えば、そのまま落ちて俺の手に収まった。


「……ありがとうございます」


 美少女が俺の目の前まで息を切らせながら走ってきた。やはりそうだ。このゲームのメインヒロインの朝霧美憂だ。


 大きな蒼い瞳、長いサラサラの髪の毛、そして整った輪郭。物腰の柔らかさと可愛らしさから、みんなからお姫様と呼ばれていた。確かに可憐も可愛いが、目の前の少女はお姫様と呼ばれるに充分な気品を備えた美しさがあった。


「あっ、ああ。これだな、落とすなよ」


「はい、本当に助かりました」


 目の前の少女は俺にぺこりとお辞儀をして、そのまま坂に目を向け、もう一度振り返った。


「きっと、……助けるからね!」


 何のことだ。俺の聞き間違いだろうか。そのまま、お姫様は坂を降りて行く。


「……へたれ」


「なんだと!」


「さっきの女の子、理想のヒロインだったよね」


「まあ、そうだけどな」


「なんで言わないの。小説のヒロインになってくださいって!」


「言えるわけねえだろ」


「わたしには言うくせに」


「お前とは違うだろ」


「当たって砕けろ、だよ」


「普通に砕けるわ!!」


「それもそうか。それにしても、お姫様いつも可愛いよね」


 確かに無茶苦茶可愛い。ただ、美憂はこの途方もなく難しいゲームの中でも最難関に設定されている。海斗のヘイト管理ができてない現在、もう攻略はできず寝取られるだけだ。別に美憂だけに言えることではないが……。


 それにしても、今のが美憂との初めての出会いのシーンか。おかしいな。俺はかなりの回数このゲームをやっていたのにこのシーンを知らない。美憂と出会うのはもっと先のはずだ。


「お姫様!?」


「あれ、知らないの?」


「転校生だろ?」


「はあ、一年からうちのクラスにいるわよ」


「それを先に言えよ。なら、友達じゃねえか」


「友達じゃないわよ。住む世界が違うからね」


「住む世界が違うか。それもそうだな」


「そこで納得しないでよ」


「俺も一緒だ」


「確かに!」


 俺が美憂を知っていると話しがおかしくなるので、知らないふりをする。


「でもさ、インスピレーションは貰えたよ。俺、あの娘をヒロインにした小説を書くよ、あの娘、なんて名前なんだ?」


 この段階で俺が美憂の名前を知るはずがない。


「朝霧美憂ちゃんだよ。分かってると思うけど、そのまま使ったら訴えられるかもよ」


「そんな恥ずかしいことはしない」


「まあ、それもそうか……」


「それにしても、名前の通り可憐だな」


「わたしと同じくね」


「いや……」


「こら、なんでよ! そこは肯定しなさいよ!!」


 楽しい会話だが、もうこのタイミングでは可憐を救うことはできない。その事実が俺の胸を強く打つ。


「そういやさ、そろそろ部活行かないとね」


「ああ、もうそんな時間か。じゃあ、またな」


「うん、またね」


 可憐はそう言ってこちらをじっと見た。


「どうした?」


「うん、いや、なんでもない……」


 なんでもないわけあるか。俺はこのシナリオの先を知っている。この日、可憐は海斗に呼び出されていた。そして、その後のことも……。





――――――――



明日からは一話ずつになります。


平日は夜8時ごろ


土日は昼までに上げる予定になります。


今後とも応援よろしくお願いします。

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