【100万PV超えました】VTuber事務所のスタッフですが、配信をすることになりました

夜桜リコ

第1話

「ふう、流石に少し疲れましたねぇ.......」


 少し伸びをして、息をつく。

 最低限の整頓はされているもののデスク上には各機材が乱雑におかれ、周囲の棚には大量の書類とエナドリの缶、そしていくつかの端末とフィギュアで埋め尽くされている。

 そしてデスクに鎮座する液晶ディスプレイには、2Dのモデルと大量の文字列プログラムが映し出されていた。 


 そんなこの作業場もとい聖域の主である私、望月舞衣は今日も楽しく帰宅後もお仕事をする21歳の会社員だ。


 私が学生時代からバイトで働いていたIT企業『株式会社アンカー』。横浜のオフィス街に本社を構え、モーショントラッキングやVR技術などを専門に扱う企業である。しかしその反面、この企業は『Anchor_productionアンカー プロダクション』、通称あんぷろと呼ばれるVTuber事務所の運営を行っている会社でもあるのだ。

 そして私はそんな事務所の運営の中でも開発部と呼ばれる部署に属しており、配信用ソフトの開発や改修、ライバーの2Dモデルの調整などの業務に従事している運営スタッフである。


 ところが再来週、当プロダクションからは3人の新人ライバーが登場するのだ。


 そんなわけで我々運営は繁忙期に突入。新人さんそれぞれに少数精鋭のチームを組み、通常業務と並行しながらも急ピッチでプロジェクトを進めることとなっている。無論私たちエンジニアも例外ではなく、ただでさえ数人しかいない開発部門のスタッフは全員駆り出された挙句もれなく全員時間外労働である。

 しかしこれが終わった後に貰える臨時ボーナスを糧にそれぞれが力を尽くした結果作業はかなり大詰めを迎え、来週の発表までには完成するだろうというところまでこぎ着けたのである。めっちゃ頑張った。


「ですがこれでほぼ完成。勝利のエナドリ......最高ですなあ」


 ソフトから吐き出されるログを後目に、足元に置かれた小型冷蔵庫の中からエナドリを取り出して口に含む。ピンク色の缶から溢れ出すケミカルで濃厚なピーチフレーバーとカフェイン。

 しかし、勝利の魔剤に身を委ねるもつかの間、ふいにスマホから軽快なDisbordの着信音が鳴る。発信元アカウントは......あれ、そろそろ配信じゃないのか?


「どうされました?」


 まあ考えてもどうしようもないからとりあえず通話に応答してみる。

 すると彼女にしては珍しく、少し焦ったような声音がスピーカーから聞こえてきた。


『単刀直入に言うんだけども、9時から配信に出てくれない?』


「もう15分後じゃないですか」


 

 アオイこと青木結花。当プロダクションに所属するライバーであり、私の同期でもある。そんな彼女がなんで急に運営スタッフである私に配信に出てくれないかと言ってきたのか。


 彼女が言うに、なんでも今日は公式配信で社長と雑談をする予定だったらしいのだが、直前になって社長がかなり重要な会議と配信の予定を被らせ、急に出れなくなったそうなのだ。

 しかし取れ高的にも普段通り箱内の誰かを呼んでという訳にも行かず、最終手段として私に連絡をしてきたという事らしい。


 しかも私に伝えられるよりももっと前にSNSでは社長が出れなくなるという告知と共に、私が配信に出ることを示唆するような投稿を公式アカウントが行っていたのだ。


「『社長の代わりに某つよつよエンジニアを誘ってみます』じゃないですよ何してるんですか」


 既にリスナー達ははしゃぎ始めている。もう滅茶苦茶や。


『ということで出てくれる?』


「この状況で断れるとでも?」


『ふふっ、ありがと』


「なーにデレてるんですか」

 

 そんなことを言いながらキーボードを手繰り寄せる。既に五年前の代物だが中身は仮にもゲーミングマシンである。多分配信にも耐えうるだけの性能は持ち合わせているだろう。

 ちなみに万が一にも公開前のモデルが流れたらとんでもないことになるのでこの時点で念のために先程編集していたモデルは全て隠し、エディターも落としておく。


 配信用ソフトを立ち上げ、公式アカウントの枠に繋げておく。これでいつでも配信を始めることが出来るはずだ。


「アオイ、聞こえてます?」


『おっけえ。ちゃんと間に合ったね』


「無茶ぶりには慣れてますからね。流石に配信に出てくれと言われる日が来るとは思ってませんでしたけど」


 既に待機画面には普段以上の賑わいを見せている。当プロダクションでもトップクラスの人気を誇るアオイと、各配信でネタにされていた噂の開発スタッフが急に参戦するという事で、色々な配信から人が集まったのだそうだ。


「んじゃ始めますかね」


『頑張ろー』


「いや、もう頑張らずにいつも通りいきます」


『確かにその方が君らしいね』


 そんな無駄話もそこそこに配信開始時刻となり、待機画面から公式配信のオープニングへと切り替わる。


「それではよろしくお願いします」


『よろしく~』


 そしてオープニングが終わり、とあるスタッフの伝説が幕を開けるのであった。

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