第43話 対応と対策



 初めに違和感に気がついたのは、星を見るのが好きな少年だった。


「山の向こうがね。星が落ちてきたみたいに、夜でもキラキラ光ってるんだよ」


 人里離れた山奥。深夜でも目を凝らさなければ気づけないような、淡い光。普通に暮らしていたら見逃してしまう、小さな異常。少年はその小さな発見を、宝物でも見つけたかのように母親に伝えた。


 しかし母親は、その話を聞いた瞬間、青ざめた。何か特別な魔物がいるのか、それとも魔族が何かしているのではないか。そう考えた少年の母親は騎士団へと報告し、数日後、調査隊が派遣された。


 そして彼らが見たのは、天に座した白髪の少女。この世のものとは思えないほど美しく……何より、冷たい女。



 ──あれは、自分たちでどうにかできる範疇を超えている。



 大した戦闘経験がない平の団員でも、そう判断せざるを得ないほどの異常。魂の強度からして違う、埒外の化け物。


「…………」


 その少女はただ、遠くを見つめていた。その目がこちらに向く前に、団員たちは逃げるようにその場を後にした。そして瞬く間に彼女の存在は、騎士団の本部で雑務に追われていたグランの耳にも届くこととなった。



 ◇



「くそっ! 結局こうなっちまうのかよ!!」


 グランは苛立ちをぶつけるように、執務室の机を叩く。乾いた音が響き渡り、ジンジンと手が痛む。しかし、そんなことをしても苛立ちは治まるどころか、増すばかり。


「……アスベルはどうなった。まさかあいつ……」


 上げられた報告書には、アスベルのことは書かれていない。状況からして白髪の少女がリリアーナであることは間違いないはずだが、それならアスベルの報告が上がってこないのは不自然だ。


「僕があいつに……殺せなんて言ったから……!」


 リリアーナが覚醒した原因を知らないグランは、自分がアスベルを追い詰めたからこんなことになったのだと、そう思い込んでしまっていた。


 アスベルは自分が言った通り、リリアーナを殺そうとした。その結果、リリアーナの神の力が覚醒した。……合理的に考えるなら、アスベルは死んだと考えるしか──。


「くそっ!」


 また机を殴る。仕事なんてほっぽり出して、現場の確認に向かいたかった。実際、エリスを含む何人かは待機の命令を無視して、現場に向かった。アスベルという問題児がいなくなったあと、彼の部下たちがこぞって彼の真似をするようになってしまった。


 ここで団長である自分まで考えなしの振る舞いをすれば、後々大きな犠牲に繋がるかもしれない。特に今のような非常時なら、尚のこと。


「……落ち着け。僕は失敗した。僕は間違えた。でもまだ、終わった訳じゃない」


 グランは大きく息を吐き、思考を切り替える。これからまた貴族であるライに、今後の相談がしたいと呼び出しを受けている。ギルバルト卿が、魔族と何やら密談をしていたという情報もある。


 グランは急いで身支度を終わらせて、ライの屋敷に向かう。しかしそこには、予想外の先客がいた。


「これはこれは、お久しぶり……というほど時間も経っていませんね。グラン団長」


「貴方は……」


 グランが通された部屋には、どうしてか魔族の国の重鎮であるリザードマンのキードレッチの姿があった。


「どうしてこの場に、キードレッチ代表が?」


 と、グランはキードレッチの正面に座るライを見る。


「……キードレッチ代表は、どうにもお耳が早いらしくてね。のことを心配して、わざわざ私の屋敷までご足労してくださったんだよ」


「偶然、噂を耳にしただけですよ。この国には仲良くして頂いている方が大勢いますので、私も何か力になれないかと思いましてね」


 温和な声で笑うキードレッチ。リザードマンの表情の変化を読み取れないグランは、とりあえず合わせるように笑い、ライの後ろに控える。


「それで、ライ卿。あれが目を覚ましたということは、暗殺は失敗されたと考えて間違いないですかな?」


「申し訳ないですが、詳しいことは調査中でして……。まだ確かなことは分かっていないのが現状です」


 ライは笑う。キードレッチも笑う。


「神の力に対する対策は、種族を超えた問題です。我々、コルディア連邦からも援軍を派遣しようと、貴国の国王に取り合っている者もいます」


「……それは残念ながら、私の感知するところではありませんね。国王陛下のお考えは、私のような末端には想像することもできないので……」


「ギルバルト卿からは、この件は魔族たちが持ち込んだ災害だと、我が国に苦情が届いています。……まあ彼も、今の状況で魔族と揉めるのは得策ではないと分かっているようなので、あまり無茶は言えないようですが」


 内側にこんな大きな爆弾を抱えている今、魔族に攻め込まれれば、国が大打撃を受けるのは必定。故にライも、キードレッチの急な来訪を拒むことができず、こうして忙しい時にわざわざ時間を割くことになってしまった。


「……キードレッチ代表は、神の力についてお詳しいように見えるのですが、貴国にはあれへの対処法がおありになるのではないですか?」


 ふと思い浮かんだことがあり、グランがキードレッチにそう尋ねる。


「いえ、そんなものはありませんよ。神の力を抑えられるなら、その力は神に匹敵する力ということになる。そんな力があれば、我々はすぐにでも貴国に援軍を向かわせてますよ。何せ貴国は、大切な友好国ですからね」


「……確かに、仰る通りです。不躾な質問、申し訳ありませんでした」


「いえいえ。……その考え方は、間違ってはいないと思いますよ」


 魔族の国は……いや、少なくとも目の前のこのキードレッチは、リリアーナが神に通じていることを知っていた。知っていて彼女を放置していたということは、何かしらの対抗策を用意していたと考えるのが自然だろう。


 しかしそれを今、人間の為に使う気はないとキードレッチは暗に語った。


 キードレッチはライとグランの両方を見つめ、言う。


「……正直、彼女は我が国でも扱いに困っていたのですよ。彼女を早々に殺してしまえという意見も無論ありましたが、それ以上に彼女の力を有効活用するべきだという意見が強かった。……しかし彼女は、あの性格でしょう?」


「キードレッチ代表。その発言は、貴国の不手際を認めるという風に聞こえてしまいます。……発言は、気をつけられた方がよろしいかと」


「おっと、これは失礼いたしました」


 キードレッチはくつくつと、楽しそうに笑う。……それは或いは、余裕なのだろうか? と、彼の目の前に座るライは考える。神の力は危険だ。今は沈黙している彼女が何か目的を持って行動すれば、人間の国はおろかこの大陸が消滅してもおかしくはない。


 事実として過去に、神の力を前に一つの大陸が消滅したのだから。


「神の力には指向性があるのですよ。どれも必ず、失敗した神々の儀式をやり直そうと考える。その結果として破壊行動をとることはあっても、彼ら彼女ら単体に何かを害そうという意思はない。……彼らにとっては、人間も魔族もそこいらの羽虫と変わらない……程度の低い存在でしかないのだから」


「キードレッチ代表は、彼女が何を成そうとしているのか、分かると?」


「まさか。神の考えなど、私のようなものに分かる道理がありません」


 キードレッチは大きな口元を隠すように手を当て、笑う。


「ですから私はこうして、理解し合える人間の方と話をしに来たのです。……ライ卿、貴公を人間の代表として我が国に迎えたい。頷いて頂けるのであれば、貴方がたにあれへの対抗策を教えて差し上げましょう」


 そう言ってキードレッチは、心底から楽しそうに口元を歪めた。


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