緩行的な毎日の、摩擦係数≒0な一日

 声をかけてきたのは、我らが二年A組の学級委員長、天ヶ瀬千夏だった。

「あっ」

「おっ、天ヶ瀬じゃん。何か用?」

 晴貴が言いたいことを代弁してくれたので、頷きながら話に加わろうとする俺。何故だ。俺に話しかけてきたのに何故俺に目を合わせようとしない。流石に今回は教室に入るとすぐにズボンを脱いでいたという叙述トリックは使用していないぞ。

 「川越。アンタそんな制服パツパツだったっけ?」

「ああこれ? コイツの」

「ねぇマジでそろそろ返してくんない? 取り返しのつかないことになる前にさ」

「ハイハイ。脱ぎますよ〜」

「ちょっとアンタ! ここで脱がないでよ!!」


 賑やかだな。入学当初、俺が求めてた日常はこんなのだったなぁ……。


 「ほら黄昏ちゃったじゃねぇか」

「何、アタシ? アタシが悪いの?」


「黄昏時には」


「そもそもアンタなんで堀内君のスラックス履いてんの? どういう状況?!」


「まだ」


「いや〜。まあ、色々と、ね」

「何、すごい気になる」


「早い」


「複数人の思惑が絡んだ結果さ」

「……へぇ」


「ぜ……」


 ……うん。


「――えーっと、それで、天ヶ瀬さん。俺に何か用があったんじゃなくて?」

「堀内君お嬢様学校出身だっけ? 今思えば後入生のことあまり知らないなぁ。」

「そりゃ仕方ねぇさ。俺ほどの"漢"じゃねぇと関わる機会もねぇんだし」

「特進に来れるレベルの人は普通朝空行くもんね」


 都立朝空高校は都内随一の進学校である。俺は家から遠かったから志望すらしていない。


 「話がズレたね。川越、アンタがいるとやりづらいからどっか行ってなさい。たかスラックス返してやんなよ」

「じゃあ俺のはどうなんだよ」

「「知るか」」

「へいへい、邪魔者は消えますよーだ」

「……そこまでは言ってないじゃん」


 なんか俺のコンプレックスを刺激する何かを感じたが、今の所平静を装っているものの、初対面のクラスメイトとの会話でキャパオーバーな俺は、そこまで考えられない。


 「――えーっと、それでね」

「はい」

「……川越がいたほうが話しやすい?」

「いえ、別に、大丈夫ですよ、はい、イヤマジデホントウニ」

「そっか。なら良かった!」

 明るい子だな。皮肉じゃなく。

「それでね、修学旅行の班決めのとき、堀内くん休みだったじゃん」

「ああ、そういえば」

「忘れてたの?! アタシたちの青春を彩る一大イベントじゃん!」

「……はは」

「んで、班決まったから、これ。」

 天ヶ瀬はスカートのポケットから紙を取り出す。(スカートってポケット付いてんの?! 知らなかった!!)

 

 遂に。シュレーディンガーの猫が如く不明だった班員が、ここで明かされる。

 今思えば長い――全然長くないわ一日が長いだけだ。


 俺が主人公ならここで――いやよそう。

 俺の希望的観測は外れるからな。




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