〈3〉 ④

 翌日、登校した歩を誰も責めませんでした。

 インタビュー記事は歩を除く班のみんなでカラフルに壁新聞になりました。教壇に立っての発表も、実際にスーパーを訪れたみんなだけで進行しました。歩は班のみんなと一緒に教壇に上がり、黙って立ち尽くしていました。

 クラスメイトも先生も、そんな歩を気に掛けません。まるで存在しないかのごとく、無視しています。

 わたしは幽霊とおんなじだ、と歩は噛みしめます。福留と訪れたラーメン店のベタベタとしたカウンターと、しょっぱいラーメンを思い出します。

 けれど平気でした。平気なフリができました。

 なにしろ歩にはとっておきの切り札があるのです。誰のお父さんよりも立派な、人助けをする父がいるのです。それを証明する名刺を持っているのです。

 歩は父の名刺を仕舞った小さな金属箱の鍵を、常に筆箱に入れていました。誰に無視されても、とんちんかんな話題をせせら笑われても、その鍵を見れば平気でした。

 ただ時折、男の子たちに「ブス」とからかわれることだけは気になりました。

 歩はこっそりと誰にも──もちろん母にも見られないように、物陰に隠れて自分の鼻をつまみます。少しでも鼻が高くなって、母に「可哀想」だと哀れまれることなく済む顔になればいい、と力を込めます。

 その度に、歩は自分が可愛くないのだと思い知らされます。坊ちゃん、と呼んだ福留の悪気など皆目ない顔が、余計にその事実を突きつけて来ます。

 母は変わらず、歩を父に預けました。月に一度、三ヶ月で四回、半年で六回。そのうち何度かは、父ではなく福留が相手をしてくれていました。

 二年生になっても、歩は「坊ちゃん」でした。男の子のように駆け回り木に登り、虫を捕って遊びました。

 それ以外に、他人と一緒に遊ぶ方法を知らなかったのです。お淑やかな遊びを教えてくれる友達に恵まれることはありませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る