夏休みの特別アルバイト

第57話 美少女と白T

「ご注文は焼きそばと唐揚げと生ビール2つでお間違いないでしょうか?」

「浮き輪はこちらでお預かりします」

「亮太、オーダー入るわよ! フランクフルト2、いちごかき氷3!」


 夏のうだるような暑さと、肉を焼く手元の鉄板からの熱気。いくら扇風機を回したところで、開放感が有り余るこの海の家は直射日光を防げるだけややマシ、という程度だ。そして、目の前では白Tに短パン姿の深恋たち3人がお客の間を駆けまわっている。

「どうして、こうなった……?」



 話は数日前に遡る。

 いろいろあって、俺はプレジィールでの仕事を続けることになった。深恋の動画の件もそれ以上追及されることはなく、クラスの関心はこれから始まる夏休みの方へ向かっていた。

「みんなでプール行く?」

「いいね。花火大会も行こうよ!」

 近くの席からはそんな声が聞こえる。

 高校1年の夏は、姫野と家でマンガ読んだり、1人でアニメ一気見したり、少しは部屋で筋トレしたり……全部インドアか。今年はメイドカフェの仕事もあるし、そういう訳には行かないけどな。まあ、退屈はしなさそうだ。


「2週間ほど店を閉めようと思う」

 汐姉はそう言った。

「え?」

「知り合いから海の家の運営を頼まれてな。深恋達もメイドカフェばかりじゃなくて、夏らしいことしたいだろ」

 まあ、確かに深恋はクラスメイトに誘われたりもするだろう。そういう時は上手くやれているのか?

「浜でイベントがあって海の家も混むだろうから、その日は亮太も手伝いに来てくれ」

「分かったよ」

 姫野はともかく、店が休みになれば深恋や皇に会うことはない。いつもみたいに4人で顔を合わせることがないのは少しだけ寂しいような感じがした。



「いや、なんで普通に働いてんの!?」

 お客が引いて休憩になったタイミングで、やっと疑問をぶつけることが出来た。朝の食材搬入の時は俺と汐姉だけだったし、お客が増えてきた頃に気づいたらそこで働いていた。


「店長さんに教えてもらったんです」

 そう言って隣に座る深恋が微笑む。

「でもせっかくカフェが休みなのによかったのか? 友達と遊んだりとか」

「だって、2週間も会えないなんて寂しいじゃないですか」

 深恋が上目遣いで言った。姫野や皇に、ってことだよな……?


「まあそれでいいならいいけど……」

「この海水浴場なら家から電車で1時間以上もかかるし、知り合いに会う心配は少なそうね。ここならみんな安心して働けるんじゃない」

 向かいに座る皇が言う。その点は俺も同感だった。

 俺は斜め向かいの姫野に目を向ける。


「それで、姫野はどうしてその見た目なんだ?」

 姫野は学校と同じく、センターパートのショートカットで「王子」の姿をしていた。

「暑いから」

 そう言って髪を軽く掻き上げる。ウィッグって言ってたけど、実際どっちの方が暑いのかは謎だ。

「亮太ぁ、まかない出来たから取りに来てくれ」 

 厨房から汐姉の声が掛かる。

「分かった」

 汐姉特製の焼きそばを食べ、俺達は再び仕事へ戻ることになった。




 今が最高気温に達しているのか、厨房の熱気も相まって滝のように汗が流れ出てくる。そしてそれは、客席と厨房の間を行ったり来たりしている深恋たちも同じだろう。暑くてしんどいだろうに、お客には最高の笑顔と気遣いでもてなしている。その大変さは俺以上かもしれない。飛び込んでくるオーダーを捌きながら、頭では3人のことを改めて感心していた。


「きゃっ!?」

 そんな悲鳴が聞こえて、目の前に引き戻された。


 声の方へ急いで行くと、皇と親子が何か話していた。床にはさっき皇が運んでいたかき氷が落ちていて、皇の白いTシャツがイチゴのシロップでピンク色に染まっている。

「うちの子がぶつかってしまってすいません」

 小さな女の子を連れた母親が申し訳なさそうに言った。

「いいえ、こちらは大丈夫ですから。怪我はないですか?」

 そんなやり取りが終わったところで、皇にしか聞こえない声で言った。

「片付けは俺がやるから、皇は一旦バックヤードに戻って」

「分かった。ありがとう」


「皇、入るぞ」

 そう声をかけてバックヤードの扉を開ける。皇は椅子の背もたれに寄りかかっていたのを、俺の姿を見て背筋を伸ばした。

「裏にいるときくらい休んでおけよ」

「忙しいんだから早く戻らないと」

 俺は皇に冷えたスポドリのペットボトルを手渡した。

「2人にも交代で休憩とるように言うから、今はちゃんと休め。その分、この後はしっかり働いてもらうからな」

「そういうことなら、いいけど」

 そう言ってペットボトルの蓋を開けて、コクコクと飲み始める。しんどくても自分では休みたいなんて言わなそうだから、こう言ったら悪いけど、このアクシデントは都合がよかったかもしれない。


「それで着替えなんだけど、俺のがあるから……」

「んんっ!?」

 皇はスポドリが変なところに入ったみたいで、胸を叩き始めた。

「大丈夫か?」

「コホッ、着替えっ……俺のって……」

「ああ、皇たちのTシャツは一枚しか用意してないんだよ。俺は近くに一泊して明日も少し手伝うから、俺の私服でよければ似たようなの貸せるんだけど」

「ふぅん」

 皇は微妙そうな反応をした。

「あ、もちろん洗濯済みだから安心してくれ」

「それは分かってるわよ!」

 そう言うと皇は顔を逸らした。

「じゃ、あ、貸してくれる……?」

「分かった」


 俺はボストンバッグから綺麗に畳まれたTシャツを取り出した。危ない、しわになっていなくてよかった。


「じゃあ俺は戻るからなんかあったら声かけてくれ」

 そう言って部屋を後にした。

 

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