第56話 答え合わせ
「はぁぁぁぁ……」
俺はステージから更衣室に駆け込んで、膝に手をついた。
この店のことを熟知していて、できれば過去に店で働いていたことを証明できる人物。それで思いついたのが、俺が一度だけ女装して働いた「ウタ」としての姿だった。
クラスでのじゃんけん大会で偶然にも高岸が勝ち残っていたのも都合がよかった。なぜかウタのことを気に入っていた高岸を上手く煽れれば、ウタというメイドが存在したことを印象付けられると思ったからだ。
この作戦をやるにあたって、俺が女装したウタとしての姿を姫野と皇に見せる必要があった。どんな反応をされるかと怯えていたけど、姫野は「いいじゃん」と笑い、皇は「もっと表情はこう!」と指導してきた。まあ、引かれなくてよかった。
ただ、ウタを深恋の代わりにする作戦にはいくつかの課題があった。まず、身長が違う。そのために客席から身長を測りにくくすることを考えた。物理的に客席とウタの距離を離すため、店の奥にステージを設置してそこだけ明かりをつけてウタの姿を確認させる。リーリャが座るであろうステージ前の席を背の高いカウンターにしたのは、身長をごまかすためだ。ステージとカウンターは汐姉のツテで借りた。
距離を取るために設置したステージだけど、別の目的を持たせなければ疑われてしまうかもしれない。そこで、姫野から聞いた「深恋はダンスが苦手」という話からダンスパフォーマンスをしようということになった。皇に流行りの曲を選んでもらい、運動神経のいい姫野に指導してもらった。ヒール+ロングスカートで踊るのはなかなか大変で、もう全身が筋肉痛だ。
深恋に似せた走り方の指導は皇が、ウィッグの手配は汐姉がしてくれた。真っ暗な店内から明るいステージの照明をつけたその一瞬、目のくらんだうちに「深恋に似た別人」だと強く印象付けられるか、それが勝負所だった。そこでリーリャに「もしかしたらこの人と勘違いしたのかもしれない」と思わせられれば勝ちだ。
髪型は深恋に合わせて変えているけど、メイクやメイド服、声はあの時のウタと同じ。リーリャの隣の席にあらかじめ案内しておいた高岸がウタに反応したら、あざといくらいに煽る。ウタが以前からこの店で働いていたと、リーリャ自身が気づかなければ意味がない。
そして最後に、証拠として太もものホクロを見せようとスカートを持ち上げる。足を見せればその太さから流石に男だとバレるから、リーリャに「見せろ」と言われた時にどうするかが課題の一つだった。そこは思った通り、謎にウブな高岸が止めてくれた。
すべては計画通り。あとは深恋に解決したことを連絡すれば終わりだ。上手くいってよかった……
「亮太君、いますか?」
更衣室の扉越しに声が聞こえた。
「深恋!?」
「よかった。開けますね」
「え、いや、ちょっ……!」
なんで店に深恋が……? というか、今はまだウタの姿だから見られるのは困る……!
入ってきた深恋は俺を見て微笑んだ。
「亮太君、すっごく可愛かったです」
この女装した姿を見て驚いた様子もない。つまり、
「あの、いつから見て……」
「真っ暗な店内を走って、ステージに飛び乗るところからです」
「それ最初っからじゃない!?」
はぁ……深恋には余計な心配かけないように今日の時間は教えてなかった。多分、姫野か皇が連絡したんだろう。
「見てたんなら状況は分かると思うけど、今回の件はこれで終わったからもう大丈夫。もしなんか言われたら教えて」
「はい。亮太君、本当にありがとうございました。そして、迷惑をかけてしまってごめんなさい」
そう言って深恋は頭を下げた。
「迷惑なんて別に、俺が勝手にやったことだから……」
俺の言葉に深恋はパッと顔を上げると、なにか決意した表情をしていた。
「私、今日は晶さんに呼ばれてきたんです。面白いものが見れるからって。それで、さっきクラスメイトも見ている中で、初めて本当の姿で話すことが出来ました」
秘密を見られることをあんなに恐れていたのに。数日前の深恋とは別人みたいな表情をしている。
「こうやって亮太君に頼り切りになるのはこれで最後にします! これからもっと強くなって、亮太君のことを私が支えるくらいになります! ただ、少しは頼っちゃうことがあるかもしれないですが……」
深恋は決まりが悪そうに笑った。
この騒動も深恋の一歩踏み出すきっかけになったんなら、少しはよかったのかもしれない。
「もちろん。応援してるよ」
「はい!」
私服に着替えてフロアに戻ると、「打ち上げだ」と言って汐姉が料理を作ってくれていた。こうやってみんなでテーブルを囲むのもこれが最後かと思うと、喉の奥に突っかかるみたいであまり食べられなかった。
料理を食べ終わってひと段落ついた頃、汐姉は事務作業をしに奥の部屋へ向かった。汐姉にこれからの話はもう伝えてある。
俺は立ち上がった。
「みんなに聞いて欲しいことがあるんだ」
俺の言葉に深恋たちは不思議そうな顔で俺を見上げる。
店での仕事を続けるかどうか、ずっと考えていた。仕事にも慣れたし、深恋たちとの関係も居心地は悪くない。ただ、借金返済が終わってしまった今、ここで働き続ける明確な理由が見つけられなかった。
そんな時に今回の騒動が起こった。女装した「ウタ」の姿を深恋の代わりにするという作戦は我ながらいいアイディアだったと思う。結果として、騒動を治めることが出来た。それと同時に、今まで汐姉と高岸しか知らなかった「ウタ」の存在が大勢に知られることになった。
もちろんウタの姿を今後晒すつもりもないし、誰かに訊かれた時には「ウタは店を辞めた」と言えばいい。それでも、俺がこの店で働いている限り、ウタと俺を結びつける奴が出てくる可能性も否定できない。ウタと一緒に俺もこの店を辞める、ここに明確な理由が生まれた。
「俺は店を……」
「ちょっと待って」
遮るように口を開いたのは姫野だった。
「私達も話があるの。先に聞いてくれない?」
「まあ、いいけど……」
仕方なく席に座った。覚悟を決めて言いかけたのに、決まりが悪い。
姫野が深恋と皇に目配せして、三人はテーブルの下からそれぞれ紙袋を取り出した。深恋は紙袋に入っていたピンク色のギフトバッグを俺に手渡す。
「これは私からです。今までたくさん助けてくれてありがとうございました」
「え? 急にそんな」
「急じゃなくて、ずっと前から何か形に残るお礼がしたいと思っていたんです。ぜひ開けてみてください」
そう言われてギフトのリボンを解き、中身を取り出す。
「ってこれ、『ひめマジ』のBlu-ray第一巻!?」
出てきたのは、ピンクを基調としたパッケージの、ネットで何度も見ていたそれだった。
「でも、深恋はアニメとかあんまり見ないよな?」
俺の言葉に深恋はぎこちなく笑う。
「ま、まあ細かいことはいいじゃないですか。喜んでもらえて何よりです」
「それはもちろん嬉しいんだけど……」
「それじゃ、次は私ね」
皇はそっぽを向きながら、黄色のギフトバッグを俺に差し出す。
「もらってばかりは性に合わないの。ありがたく受け取りなさいよ」
「茉由、素直に言ったら?」
姫野につつかれて、赤くなった顔をこっちに向けた。
「不審者の件とか、盗撮の件とか、いろいろ! 私だって感謝してるの!」
不審者のことは深恋たちに言わないように、皇から口うるさく言われていたのに……
「不審者の件ってなんですか?」
案の定、深恋が首を傾げる。
「なっ、なんでもない! いいから早く開けなさいよっ!」
「はいはい」
そうしてリボンを開けて中身を取り出す。それは、ピンクを基調としたパッケージの……
「ひめマジBlu-ray特典付き第6巻!って、は?」
え、最終巻? 全6巻のうち、深恋から1巻、皇から6巻。2人とも同じアニメのBlu-ray、そして残るは姫野。なんだろう、嫌な予感しかしない。
「はい、最後に私からね」
そう言って手渡してきた水色のギフトバッグ。明らかに他の2人よりもでかい。仕方なく、リボンを解く。
「亮太なら、この箱がなにか分かるよね?」
出てきた空箱には『ひめマジ』の主人公とヒロイン、それに主要キャラ達のイラストが描かれている。
「全巻収納ボックス……」
「正解。全部のBlu-rayを入れると、その背表紙とボックスのイラストが繋がる仕様なんだってね。この箱のイラストも十分素敵だけど、Blu-rayを入れてこそ完成する作品なんだろうね」
ここまでの状況を踏まえて、これらのプレゼントを選んだのは、俺が欲しがっていたのを知っていた姫野ということになる。皇と深恋は姫野の提案に乗っかったみたいだ。それはそうだとして、
「えっと……このプレゼントのチョイスは一体どういうことでしょうか……?」
1巻と最終巻と全巻収納ボックス。明らかに何か意図がある。
俺の様子を見て、姫野はふっと笑った。
「残りの4巻分は、亮太が自分で働いて買ってね」
皇と深恋も口を開く。
「早く買わないと無くなっちゃうんじゃないの? それなら新しいバイトを始めるよりも、慣れているところでシフト増やした方が効率的だと思うけど」
「そ、そうですよ! ここでのお仕事辞めないほうがいいですよ!」
そういうことか……何もかもバレていたみたいだ。
姫野が真剣な顔で俺を見つめる。
「もし、亮太がここでの仕事を本気で辞めたいのなら私達は止めない。でも辞めないといけないと思っているなら、全力で止めるから」
姫野の言葉に、皇や深恋も同じ顔をして俺を見つめていた。なんだか、胸がギュッと熱くなる。
「私達の話はこれで終わり。それで、亮太の話って?」
しらじらしい演技で姫野が俺に話を振る。覚悟が足りていないのは俺の方みたいだ。
「ああ、別に大したことじゃないよ。明日からも気合入れて働かないとな、って」
霧が晴れたように、心はすっきりとしていた。
その日の帰り道、隣を歩く姫野に顔を向けた。
「ありがとうな」
「何が」
「しらばっくれるなよ。姫野がいろいろ準備してくれたんだろ。なんで俺が辞めようとしてるなんて分かったんだ?」
俺の言葉に姫野は軽く髪をかき上げた。
「私は人の心が読めるんだよ」
「嘘つけ」
「まあ、誰でも分かるっていうのは嘘かな。亮太は分かりやすいから」
「え、マジ?」
「話がある、だなんて覚悟決めた顔しちゃってさ。どうせウタと一緒に自分も店から消えるつもりだったんでしょ」
図星すぎて何も言えない。
「仕事を続ける理由が欲しいなら、何度でもあげるよ。そんな理由なんていらないって亮太が思えるまで」
姫野は真顔でそう言った。この言葉は冗談なんかじゃない。こいつ、悔しいけどほんとカッコいいんだよな……
「それで、前に言ってた私からの話なんだけど」
「話って、さっきのじゃなかったのか?」
「あれは、私達からだったでしょ」
「ああ、うん」
「私ね、亮太に言ってなかったことがあるんだ」
そう言って姫野が立ち止まる。
え……その感じ、キラと姫野が同一人物だって打ち明けられたときと同じだ。
いや、まさかあの時以上の秘密なんてあるわけないでしょ。もしも超えるとするなら、「実は男でしたー☆」とかね。ははっ、まさか……まさか!?
「亮太、私と友達になってくれてありがとう」
姫野は俺の目を真っ直ぐに見つめて言った。
「亮太と友達になってから毎日がずっと楽しいよ。私の秘密を打ち明けても変わらずに側にいてくれること、本当に感謝してる。これからも一緒にいられたら嬉しい」
そう言って俺の腕を掴むと、ぐっと引き寄せた。俺の耳元に顔を近づける。
「大好き」
囁く声に体が熱くなるのが分かる。その時、頬に柔らかい感触があった。
掴んでいた腕が離され、姫野の方を向く。
「え……え!? どういう意味!?」
俺の反応を見て、姫野は赤くなった顔で微笑む。
「さっきから亮太は人に訊いてばっかりだね。少しは自分で考えたら?」
「自分でって……」
「ああ、それと」
そう言って、自分の口元に人差し指を当てる。
「このことは2人だけの秘密だよ?」
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これで「第一部」完結です。最後までお読みいただきありがとうございました。
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