生誕祭(茉由編)

第40話 他人の話を聞けない人達

 チャイムが鳴って、教室の中は一斉に帰り支度を始める。

「じゃあ、行こっか」

 ひと足先に支度を終えた姫野が俺の机の隣に来て言った。

「え、どこに?」

 俺の反応を見て、姫野はふっと笑う。

「決まってるでしょ。バイトだよ」


 

 いつもは1人で向かう道のりを今日は2人で歩く。

「姫野と一緒に仕事へ行くのは初めてだな」

「まあ、隠していたからね」


 キラと仕事が被る日、いつも姫野は「先に帰る」と言ってすぐに教室を出て行った。今思えば、「王子」の姿から「キラ」に変わる時間が必要だったんだ。


「汐姉とか深恋は知ってるのか?」

「雇ってもらうのに偽名を使うわけにもいかないから、店長には初日に話したよ。言わなかったとしても、店長とは前に亮太の家の前ですれ違ったことがあったから、それで分かってたみたい。深恋もキラとして会ったその日に気づいてた」


 あれ……もしかして俺が馬鹿だったのでは……?


「亮太は気づかなくて良かったよ。ちゃんと自分のことを話すって覚悟を決める時間が出来たからね」

「そ、そうか……」

「まあ、亮太が鈍いことは事実だけど」

「おい」

「あははっ」

 姫野は楽しそうに笑った。


「そう言えば、亮太が『キラ』のこと知ってたのは驚いたな。一部の人にそう言われてるのは知ってたけど、亮太は2次元の女子に興味ないのにね」

「姫野が思ってるより、キラは有名人だぞ。あと、別に2次元しか興味ないわけじゃないから」

「ふふっ、有名人だったんだ」


 俺の反論はスルーされた。


「本当の姿で高校に通ってたらどんな感じだったのかなと思って、試したくなったんだよね。こっそり着替えてるつもりだったんだけどな」

「通えばいいじゃないか」


 口に出してから、ハッと我に返った。いくら俺が「どっちの姿もいいと思う」と言ったって、そんなことはほんの少しの慰めにしかならないんだろう。姫野がどんな思いで今の姿をしているのか聞いたばかりなのに、これじゃあ俺は本当に馬鹿だ。


 さっきまで笑顔だった姫野は、考え込むように口元に手を当てた。


「ごめん、その……」

「確かに、亮太が本当の私を受け入れてくれたんだから、もう隠す必要はないのかも知れないね。でもさ」


 そう言って俺の方を向く。


「みんなの知らない本当の姿を知ってるのって、特別な繋がりって感じするでしょ。亮太は2次元以外の女子にも興味あるんだもんね?」


 姫野はからかうように笑った。


 この前の「好き」って発言といい、変な誤解をしそうになって困る。これも「友達として特別」であって、それ以上でもそれ以下でもないから! 変に意識するな!


「そうだな……」

 俺は情けなく顔を逸らした。




 メイドカフェの営業を終え、テーブルを拭いていると、深恋が口を開いた。


「そう言えば、来週の日曜日が茉由さんの誕生日ですよね」

「「「え?」」」


 俺、姫野、汐姉の声が重なった。

 今日、皇は休みだ。深恋がきょとんとした顔をする。


「みなさんどうしたんですか?」

「よく皇の誕生日なんて知ってたな」

「え? だってこの前みんなで話しましたよね……?」


 まっとう過ぎる深恋の言葉に俺達は俯くしかない。ダメだ。ここにいる深恋以外の人間は他人の話を聞けない奴だった。


 汐姉がパチンと手を叩いた。


「じゃあ、来週の日曜日は茉由の生誕祭を準備しよう。『プレジィール』としても初めての生誕祭だから、気合を入れような」

「メイドカフェの生誕祭って何をするんだ?」

「店によっても違うけど、限定のメニューを出したり、特別な衣装を用意したりとかな。せっかくだから、茉由にはサプライズにしておこう」


 汐姉の言葉に、深恋が手を上げた。


「じゃ、じゃあ! 私、衣装を考えるのやってみたいです」

「なら、私は特別メニューを考えようかな」


 姫野が言った。汐姉は俺に視線を向ける。


「亮太はどうする?」


 急に言われても、誕生日のお祝いなんて何にも思いつかないんだけど。


「……考えておくよ」


 こうして、「皇の生誕祭計画」が始動した。




「亮太君はどうするか決まりましたか?」

 あれから数日経った仕事の後、駅へ向かいながら深恋が言った。

「いや、まだ……」


 深恋達の順調そうな様子を見ていて、もちろん焦りはある。今だって、姫野はアイディアを汐姉と相談したいと言って店に残っていた。

 生誕祭を盛り上げる企画はもちろんだし、閉店後にやる誕生会のプレゼントも考えないといけないのに、どちらも真っ白なままだ。


「皇が何して欲しいのかなんて、全然分かんないよ」

「亮太君が一生懸命考えたことなら、何だって喜んでくれるんじゃないですか?」

「そうかな……」


 深恋や姫野が考えたのならまだしも、俺が考えたのは平気で「は? なにそれ?」って言われそうな気がする。


「衣装の方はどこまで進んでいるんだ?」

「もう大まかなイメージは決まって、明日から実際に作り始めるんです。私は不器用なので、店長さんのお手伝いなんですけどね、えへへ」

 そう言って恥ずかしそうに笑う。


「亮太君もやること決まったら教えてくださいね。私に出来ることなら何でもお手伝いしますから」

「ありがとう。その時はよろしく頼むよ」

「はい!」

 深恋はぎゅっとガッツポーズをした。



 家に帰ってきてソファにドサッと座り込む。生誕祭当日までもうあまり時間がない。

 皇がされて嬉しい事なんて全然分からないしな……女子はどういうのが好きなのか、ネットで調べてみるか。


 スマホを開くと、高校から不審者情報のメールが届いていた。夜道に女子高生の背後から近づいて体を触ったりするんだという。被害に遭った生徒はみんな長髪だったらしい。目撃情報は全て高校の最寄り駅周辺で……ってことは、うちと姫野の家の近くじゃないか。深恋や姫野がそいつに会わなければいいけど。


 気を取り直して「10代 女子 誕生日プレゼント」で検索するといろんな特集サイトが表示された。いくつか開いて眺めてみるけど、化粧品、ポーチ、ハンカチとか……そういうことじゃないんだよな。

 まあまあ一緒にいたつもりだったけど、こんなに分からないもんなんだな。


 ん……分からないのなら、皇をよく知っている人達に話を聞けばいいんじゃないか?

 

 ふと思いついて、明日試してみようと思った。

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