第28話 親友との関係(姫野 side)

 今日の補習は思ったほど長くかからなかった。これならバイトを休みにするんじゃなくて、遅れて行くと言っておけばよかったかもしれない。


 荷物を取りにクラスへ戻ると、広い教室に一人だけが残っていた。


「深恋?」

「ひゃあっ!?」


 驚いて振り返った深恋は、私の顔を見てほっと息をついた。


「なんだ、晶さんですか」

「その髪、大丈夫なの?」


 深恋はバイトの時と同じように髪を下ろしていた。素の自分は学校で見せたくないと前に言っていたはずだ。


「大丈夫、ではないんですけどね、えへへ……見られたのが晶さんでよかったです。でももし誰かが来たら、こうします」


 そう言って左右から髪の束を持ってくると、顔の前で1つに握った。


「泥棒みたいで目立つからやめたほうがいいよ」

「そうですか?」

 深恋が手を離すと、柔らかい髪がふわっと舞った。


「学年委員の仕事をやっていたんです。放課後はリボンがほどけちゃうから昼休みとかお家で仕事をしていたんですけど、これは今日提出して帰ってほしいって言われて」


 そう話す深恋の手元には書類の束とホチキスが置かれている。


「これ、あとはホチキスで止めるだけ?」

「あ、はいそうです」

「それなら後は私がやっておくよ。深恋は早く帰……」

「ダ、ダメです! 私もやります!」

 そう言って手をブンブンと振る。


「それなら2人で早く終わらせようか」

「はい! ありがとうございます」

 深恋は可愛い笑顔を見せた。




 放課後の教室に、パチンパチンとホチキスを止める音が響く。「王子」の姿のままで深恋と一緒にいるのは変な感じだ。

 手を動かしながら、私は口を開いた。


「ねえ、深恋。ちょっとお願いがあるんだけど」

「なんですか?」

「今週末のシフト、代わってもらえないかな」

「週末ですか? いいですよ。なにか急に予定が入ったんですか?」

「予定が入る予定なの」

 私の言葉に深恋は首を傾げた。


 キラとしてアドバイスしてから、亮太はまだ私に予定を聞いてこない。ギリギリまで待って、それでもヘタレで聞いてこなかったら私から誘ってやってもいい。この前の亮太が可愛かったから、それくらいは譲歩してやろう。


「亮太がね、私と放課後の予定が合わなくなったのを寂しがってるって聞いたんだよね。お互いバイトをしてるからシフトの関係で休みが合わないんだけど、そのことを亮太は知らないし。だからキラとして『遊びに誘ってみたら』ってアドバイスしたんだ」


 亮太はどこに連れて行ってくれるんだろう。アニメショップか、注目の漫画実写化映画か。まあ、どこだったとしても楽しいと思う。


「晶さんとキラさんが同一人物だって、いつ亮太君に話すんですか?」

「え……」

 深恋は真剣な表情で私を見つめている。

「晶さんも分かっているはずです。ずっと秘密にしておくことは出来ないって」

 その言葉にぎゅっとスカートを握りしめた。

「分かっているよ……でも、亮太に話すのはまだ怖い」


 亮太は私を否定しないって思っていても、実際にどうかは話してみるまで分からない。小さい頃に信じていた人から言われた言葉が、ずっと頭に焼き付いて離れないように。


「ごめんなさい。苦しめるつもりじゃなかったんです。ただ、秘密にしていた姿も見てもらわないと、亮太君との関係はこれ以上進めないと思うんです。私も、そうでしたから」


 亮太との関係……確かに深恋の言う通りなのかもしれない。


「晶さんは亮太君のこと好きですか?」

「好きっ!?」

 思わず顔が熱くなる。

「私は……好きです。もちろん、恋人になりたいっていう意味の好き、です」

 そう言って深恋は恥ずかしそうに上目遣いでこっちを見上げた。


「……そういうのはよく分かんないや」


 ラブコメはよく読むけど、ヒロインの恋愛感情と現実は別物に感じてしまう。どういうものが「好き」なのか、まだはっきりと分からない。


「亮太君と手を繋ぎたいなとか、もっと触れてみたいなって思ったりしないですか?」


 亮太のことをそんな風に考えたことはなかった。でもこういうことが深恋にとっての「好き」っていうことで、もし深恋と亮太が付き合うことになったら二人は……


 それは嫌かもしれない。


「ちょっと、考えてみる」

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