第2話 超難関ミッション
美少女をメイドカフェにスカウトする。汐姉と電話した翌日、そのミッションが授業中も頭を巡っていた。汐姉が「明日連れて来い」というからにはその通りにしないとダメだと経験上分かっている。それが超難関ミッションだとしても。
誰に声をかけるかは決めた。あとはタイミングさえあれば……
ただそんな都合のいいタイミングなんてあるはずもなく、気が付けば今日最後の授業になっていた。
最後の時間は
「さて、ちゃっちゃと決めて自由時間にしよっか」
ウェーブのかかった髪を赤いリボンで一つにまとめている、クラスの中でも一際目を引く美少女が、この
2学年に上がったばかりの俺達はどこの委員会に所属するのかをこのLHRで決めなければならず、担任は進行を彼女に任せて教室を出て行った。
「各委員会の役割は何となく分かってるかもしれないけど、一応読み上げるね。図書委員会は……」
そう言って一ノ瀬は担任が渡していった資料に視線を落とした。
彼女をスカウトしようと決めた理由は、「学年の三大美少女」の一人に数えられているから。部活には所属せずに放課後はいつもすぐ帰っているから、「実は放課後にアイドル活動をしている」なんて噂を聞くほどだ。その噂が本当だと言われても、何も不思議ではない。
汐姉は極度のメンクイだから、美少女を連れて来いと言うからには一ノ瀬くらいのレベルじゃないと満足しないだろう。三大美少女の他の2人には、声をかけられない事情があった。
「やっぱり一ノ瀬さんは可愛いな。同じクラスになれてラッキーだったわ」
「お前は一ノ瀬さん派? 俺は茉由ちゃんがいいな」
後ろの男子の声を潜めた会話が聞こえる。
「確かに茉由ちゃんも可愛いよな。小っちゃくて、いかにも女子って感じだし」
「そうだろ? この前ハンカチ拾ってあげたら、手がちょっと触れてさぁ。赤くなった顔で俺を見て言うんだよ、『ドキドキしちゃいました♡』って。もうめっちゃ可愛かった……」
隣のクラスの
残念なことに男はその可愛さが計算されたものだということに気が付かない。「まるで天使!」「可愛すぎる!」と男子にはもっぱら人気だが女子には不評で、校内では他の女子といるところを見たことがない。
ちなみに俺も皇が落としたハンカチを拾って話しかけたことがあったが、ハンカチを渡すときに手が触れて赤くなった顔で(以下略)。その頃には皇の振る舞いが計算されたものだと気づいていたから、ウブらしい演技を見せられて更に苦手になった。出来れば積極的に関わりたくはないから、皇に声をかけるのは最終手段だ。
「俺はキラ様にも会ってみたいな。正体不明のクールビューティってそそられるし」
「キラって本当にいるのか? 入学して一年も経つのに、クラスもフルネームも分かんないんだろ? そんなのデマだって」
キラは三大美少女の最後の一人で、学園で十数人が見たと言われる謎の美少女。腰まで伸びた艶やかな黒髪や、凛とした顔つきと左目の下のホクロが全員の証言で一致している。
彼女に会うのは決まって放課後の人気のない廊下で、どこへ向かうでもなくただ外を眺めたりしているらしい。制服のリボンの色が俺らの代と同じ青だったから同級生らしいが、そんな美少女ならとっくに名前が挙がっているはずだ。
その正体は「校内に不法侵入した美少女」や「美少女の幽霊」などいろんなことが噂されている。
彼女に出会った勇気ある男が「君の名は!?」と尋ねたところ、戸惑いながらも「キラ」と答えたらしい。キラなんて名前の生徒はこの学年どころかこの学校には存在しないという。だからそんな手がかり一つもないキラなんて、誰かが関心を引くために生み出した虚像と考えたほうがまだ納得できる。
言ってしまえば一ノ瀬をスカウトすると決めたのは消去法だった。まあ一ノ瀬は陽キャだし、接客には向いていそうだ。働いてくれれば、の話だけど。
「ちょっと、そこ!」
一ノ瀬の声にハッと現実に引き戻されると、俺の方を指さしていた。バチッと目が合って、心臓が跳ねる。
「2人でこそこそ秘密の話してないで、こっちに参加してよね。そうじゃないと、私が勝手に2人の名前書いちゃうよー?」
そう言ってチョークを手にすると、一番面倒な「学年委員」の文字の下に名前を書こうとする。
「ごめん! それだけは勘弁して!」
後ろで話していた男子の一人がそう声をあげると、クラスがドッと湧いた。
一ノ瀬と同じクラスになって2週間。やっと目が合ったかと思って勝手に盛り上がってしまった。別に好きとかじゃないけど、そんな美少女に見られたら誰だって喜ぶだろ、とか心の中で言い訳をしてみたり。こんな日に限って唯一の友人は風邪で休みだし、なんだか決まりが悪くなった。
こういうのは楽な委員会に人気が集中して荒れるのが恒例だけど、一ノ瀬の進行のおかげでLHRの時間内にすべてが決まった。一ノ瀬は「楽しそうだから」と言って自分から学年委員の枠に名前を書いていた。
チャイムが鳴って、ガタガタと席を立つ。まずい、放課後になってしまった。一ノ瀬をスカウトできずに汐姉の機嫌を損ねたら報酬はなし。俺の自由な一人暮らしが終わってしまう……!
黒板で書記をしていた一ノ瀬の取り巻きの女子が彼女に声をかけた。
「ねえねえ、今日も遊びにいけないの?」
「ごめんね。放課後はちょっと用事があるんだ」
「そっかぁ……残念」
「誘ってくれてありがとね。じゃあ、また明日」
そう言って自分の机からカバンを取ると、教室の扉へ歩いていく。
このままじゃ帰られてしまう。とにかく声をかけないと!
俺は慌てて立ち上がると、教室を出ようとする彼女の背中を追いかけた。
「一ノ瀬!」
俺の言葉に彼女が振り向く。必死すぎて息が上がっている俺とは対照的に、彼女はきょとんとした顔をしていた。
「ちょっと話が……」
クラスがしんと静まり返って、背中に視線が刺さる。
せめてクラスを離れてからにすればよかった……!
彼女は視線が集まっていることに動揺一つ見せず、俺に優しく微笑んだ。
「うん、分かった。ここじゃアレだし、場所を変えよっか」
そしてざわざわとし始めたクラスメイトの方に顔を向ける。
「無粋なことはしちゃだめだよ?」
彼女の言葉にまたクラスは静かになる。彼女は俺の方へ一歩近づいた。
「行こ、亮太君」
初めて至近距離に立った彼女は、甘くていい匂いがした。
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