14 アレンディスが言っていることは嘘だ
「それはすまなかった。だが、わたしがきみを心配しているのも、早く魔力の扱い方を覚えたいのも本当なんだ。次の『聖杯の儀』までには、今回のようなことが起こらないようにしたい。が……。魔力の扱い方の習得は一朝一夕にはいかないんだろう?」
年相応の表情で不安をのぞかせるアレンディスに、セレスティアはかぶりを振ってゆっくりと告げる。
「確かに、繊細な魔力の扱いを覚えようとすれば日数が必要でしょうが……。おそらく、『聖杯の儀』で必要なのは、細やかな魔力の扱いではなく、安定的に魔力を出すことです。それさえできれば、陛下はもともと大きな魔力をお持ちですから、無事に成就できるかと……」
人を癒やす癒しの魔術と異なり、『聖杯の儀』は単に魔力をそそぐだけだ。そこまで魔力の扱いに習熟せずともよい。
「では、どうすればいい?」
真剣な顔で問うアレンディスに、右手を差し出す。
「では、魔力を流す練習からいたしましょう。私が一定の魔力を流しますから、陛下も同じだけの魔力を私へ返してくださいますか? 多くの魔力を出す必要はございませんので、それよりも同じ量の魔力を出すことに意識を向けてください」
「わ、わかった……」
アレンディスが緊張した面持ちでそっとセレスティアの手を握る。
あたたかく大きな手のひら。ただ手をつないでいるだけなのに、鼓動が速くなってしまいそうで、セレスティアはあわてて目を閉じ、集中する。
「緊張せずとも大丈夫です。まだ最初なのですから。次のワーファルト領へ着くまでに少しずつ慣れていただければ……」
自分に言い聞かせるように告げながら、つないだ手から、細い糸を脳裏に思い描いて魔力を流す。
まだ少ししか回復していないようだが、それでも魔力が流せたことにほっとする。これでもしできなかったら、アレンディスに強制的に寝台に連れ戻されていたに違いない。
魔力を流された途端、アレンディスの身体がかすかに震え、つないだ手に力がこもる。
「これが、きみの魔力か……」
「す、すみません。ご不快でしたか?」
ときどき他人の魔力を不快に思う場合もあると聞いたことがある。つないだ手を引き抜こうとすると、逃すまいとアレンディスの指先に力がこもった。
「いや、不快なことなどまったくない。むしろ、陽だまりのようにあたたかくて心地よくて……。もっと味わっていたいくらいだ」
「あ、あの……。陛下も魔力を流してくださらないと、練習になりません」
ぱくんと跳ねた鼓動をごまかすように早口に告げる。
「ああ、すまない……」
気まずそうに告げたアレンディスがあわてて目を閉じて集中し、魔力を流そうと試みる。だが。
細い糸のような魔力しか、アレンディスから伝わってこない。
しかも、まるで
エルメリスの話では、アレンディスはセレスティアより遥かに多い魔力を有しているはずだが……。
「あの、へい……」
呼びかけようとして、セレスティアは目を閉じたままアレンディスが、うっすらと額に汗を浮かべているのに気がついた。
それだけではない、セレスティアとつないだ手が、かすかに震えている。
「陛下? どうなさったのですか? もしや、陛下のほうが調子がお悪いのではありませんか?」
アレンディスもセレスティアと同じく八日間の馬車の旅を終え、『聖杯の儀』を執り行ったのだ。
しかも、ぐっすりと眠ったセレスティアと異なり、アレンディスは公務続きだっただろう。
ラグノール侯爵との宴は、休まるどころか、気が張るものだったに違いない。
「陛下。どうか無理はなさらないでください。すぐにネベリス様を呼んでまいりますので……っ!」
セレスティアの声に、アレンディスが我に返ったように目を開く。
「い、いや……。ネベリスを呼ぶ必要はない。すまない。うまくやらねばと気負い過ぎて、緊張してしまったようだ……」
早口でぼそぼそと告げたアレンディスが、つないでいた手を放す。その手にもじっとりと汗がにじんでいた。
背けた横顔は青く、奥歯を噛みしめているのか頬が強張っている。
アレンディスが言っていることは嘘だ。
反射的にそう思う。
まだ人となりさえ掴めていないが、セレスティアがこれまで接したアレンディスは、ごまかすように目を逸らして話す人物ではなかった。
アレンディスは何を隠そうとしたのだろうか。
知りたいという気持ちがごく自然に湧き上がり、セレスティアはそう考えた自分に驚く。
従者にすぎないセレスティアを真摯に気遣ってくれ、己の手で『聖杯の儀』を成就させようと努力し……。
セルティンと自分を守るという打算を抜きしにして、アレンディスが新王として立ってくれて、よかったと心から思う。
アレンディスならばきっとこの国を豊かにし、よい方向へ導いてくれるに違いない。
だからこそ、そんなアレンディスがなぜセレスティアに嘘をついたのか、気になってしまう。
「……セス。この練習は、きみと手をつながなければできないものだろうか? ひとりで練習できる方法は何かないか……?」
じっとアレンディスを見つめていると、顔を背けたままアレンディスが弱々しい問いをこぼした。修練を積む気持ちはあるらしい。
セレスティアはできるだけ穏やかな声音で説明した。
「はい、ひとりでも可能です。手をつないだのは、そちらのほうが魔力の流れがわかりやすいかと思いまして……。ご自身の魔力の流れを意識しながら、陛下おひとりで練習することも可能です」
『いったい何を隠してらっしゃるのですか?』
そう問いかけたい言葉を、セレスティアは喉の奥で封じ込める。
セレスティアにアレンディスに問う資格があるはずがない。
そもそも、セレスティア自身がアレンディスに大きな隠しごとをしているのだから。
きっとこれは、次の『聖杯の儀』が心配だからだ。
セレスティアは自分の心を説得するかのように頭の中で呟く。
アレンディスには、ぜひとも次の『聖杯の儀』までに、魔力の流れを安定させてもらいたい。でなければ、またセレスティアが気絶する事態になりかねない。
アレンディスの様子が気になるのはそのせいだ。
決して――アレンディス自身に興味を引かれているからでは、ない。
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