第7話 シンボルエンカウント 前編

俺はがむしゃらに走った。

というのも、今日は親から勉強をしろと言われていた日で、勝手に外出することは許可されていなかったのだ。

バレないうちに帰宅するためには、早く行って早く帰ってくる必要があった。

俺は少しずつ辺りが暗くなっていくのを感じながら、ペースを上げてまた走る。


四分ほどして、Xの家に着いた。

思ったよりここは近い。これくらいなら毎日交換日記もできそうだ。


暗くて少し見えづらかったが、Xの家は一軒家で割と大きかった。

広さで言えばうちとあまり変わらないだろうが、Xの家はこんな田舎に似合わないくらいの洋風の家で、そんな洋風にしては大きかったのだ。

縦にも大きくて、おそらく三階まであるだろう。庭まで充実していた。


俺は慣れない空間にそわそわしながら、家の入り口から十メートルくらいは離れていそうな門の前まで行って、その隣のポストにノートを入れた。

そして俺が踵を返して帰ろうとしたとき、ある少女の声が俺を呼び止めた。


「待って!」


俺は振り返る。

玄関から少女が走ってきているのが見えた。だんだんと近づいてきて門の前で止まる。

そして門を挟んで俺と対峙する。ここで俺は初めて少女がXだと認識できた。

喘ぎ喘ぎきつそうに呼吸をしていた。


「……本当に……来てくれたんだね……」


俺はまだきつそうなXのほうを向いて、うん、と大きく頷く。


「実は、話したいことが、たくさんあるんだ」


Xの言葉を聞きながら、俺は暗闇の中にあるその顔を真っ直ぐ見たまま逸さなかった。


「でももう今日は暗いし、危ないでしょ。明日の放課後、また私の家に来てほしいんだ」


俺はもちろん、とばかりにXに返事をした。明日は特に用事もないし、行かない理由が無かった。


「ごめんね。わざわざ来てもらったのに。今日はありがとう。気をつけて帰ってね」


そう言われて俺は軽くぺこりと礼をして、開けられなかった門に背中を向けて歩き出した。

数歩歩いたのちに後ろを振り返ると、門の近くで黒くて細長い影が左右に揺れているのが見えた。

俺は暗闇に手を振り返して、家に急いだ。



俺は足音を盗んでそろりそろりと家の中へ入った。

家族に外出したことがバレていなかった俺は、心から安心して胸を撫で下ろす。

多分見つかってたら一週間は外出禁止だっただろうな。


俺は何事もなくその日は眠りについた。



    *    *    *



翌日、残された七月もついに一日のみとなった日、夏休み前最後の学校で終業式が行われた。

いつもより早めに学校が終わると、とりあえず学期末特有の大量の荷物を家に持ち帰って、すぐさまXの家へと歩いて行った。


Xの家に着いてインターホンを鳴らす。

もはやイライラするほどうるさいセミの鳴き声が、俺の聴覚を支配する。

しばらくして制服姿のXが玄関から出てきて、門まで近寄ったのち、内側から門を開けてくれた。


「思ったよりも随分と早かったね。もしかして会うの楽しみにしちゃってた?」


うん! と俺は笑顔で頷く。

俺はただ普通に本心でそう行動した。

しかしXはそれが予想外だったのか、少し驚いた顔をしたあと少し耳を赤くしていた。

Xは照れを隠すようにまた口を開いた。


「あ、そう、前も言おうとしたんだけど。弟くん、お姉ちゃんにそっくりだよね」


確かに俺はよく姉に似てると言われる。

そして姉は母に似てると言われる。

つまり、母、姉、俺はみんな顔が似ている。

血は繋がってるんだから当たり前か。



少し会話をしたあと、俺はXの家の庭に案内される。

丸いテーブルに突き刺さったようにして生えている、二メートルほどの高さの傘は風が吹くたびにその小間を揺らし、下のテーブルと周りの椅子を覆うように開いていた。

そんな庭のテーブルに腰掛ける二人。


そこではいろんな話をしてもらった。

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