第6話 からくりと初返信
あるはずのないものが机の上にある。
それはXのあのノートであった。
なぜ俺はあるはずがない、なんて断定的に言っているのかというと、俺はここ一週間Xの姿を一度も見かけていないからだ。
つまり、物理的に俺の部屋に置くことは不可能なのだ。
そのため、このノートは姉が俺に返してきた、と考えるのが妥当だろう。
姉がXにこのノートの存在を言う。
しかし、Xはそんなノートは記憶に無いと。
ここで、姉はこのノートがXのものではないことに気づく。
そして、俺にノートを返してくる。
まあ、こんなところか。またもや俺の名推理が働いてしまった。
俺は将来探偵にでもなった方が良いんじゃなかろうか。
探偵としての腕前はダメダメだけど。
俺は夕方姉が家に帰ってきたときに、勇気を振り絞って姉にあのノートについて聞いてみた。
でももし推理が違ったときのために、今俺の部屋にノートがあることは言わない。
これが探偵の基礎ってもんだろう。
「ノートならこの前返したよ」
やっぱりか。
やっぱり俺の推理は間違ってたか。
まあこれも計算の内だな。
「Xちゃんはあんまり嫌がってなさそうだったけど、人のもの借りるときはちゃんと一言本人に相談するんだよ」
そんなことは知ってるよ、と俺は心の中で思う。
やはり姉はまだ勘違いしている。
しかし、最悪の勘違いではなかったようだ。
姉の証言によって分かったことがある。
まず、あのノートはXのもので確定ということ。
Xの反応に違和感が無いことから推察できる。
そして、あのノートがXのものならば、俺の部屋に置いてあるノートはXが意図的に置きに来ているだろうということ。
にわかには信じがたい話だが、しかしそれしかあり得ないであろう。
一回ならまだしも、二回も俺の部屋にノートが来ているのだから。
あ、ノートが一人でに歩いて来る、なんて可能性もあるな。
いや、ないだろう。
俺は昼過ぎに家に着いたとき、あのノートをすぐに開きはしなかった。
なんとなく開いてはいけない気がしたからだ。
しかし姉の証言によって自分の推理が間違っていることが分かったので、俺はひとまず安心して、ノートを丁寧に十五ページほどめくってあの右のページを見た。
俺の予想ではそこに、この前の俺の言葉に対しての返信があると思ったのだ。
たしかにそこには俺が以前見たときより、新しい言葉が書き増やされていた。
しかし、そこには俺が想像していた一文と、その下に七行ほどの続きがあった。
『お返事ありがとう
お姉ちゃんが私に返してきたときは少しびっくりしたけど、うれしかったよ』
俺は鳥肌が立った。
まさか本当に俺の推理が当たっているとは。
ではなくて、本当にXは意図的に俺にノートを差し出していたのだ。
その理由については書かれていなかった。
下にはまだ文が続いていた。
『このままお姉ちゃんに内しょで、交かん日記しない? 夏休みの思い出としてさ』
これは俺にとって聞いたことのない初めてのお誘いだった。
友達からゲームしよう、海行こう、勉強するぞ、なんて言われたことはあったけど、
秘密の交換日記。
八歳の俺が興味を示すには全く問題の無い言葉であった。
俺は悩む間も無く返事を決めた。
『もししてくれるなら、下の住所のポストにノートを入れて』
その言葉の下には、歩いて十分ほどであろう地名と意味あり気な数列が並んでいた。
早速俺は返信を書いて持って行くことにした。
俺の返信は、
『うけて立とう!』
売られた喧嘩は買わなきゃな。
おそらく喧嘩よりは甘くて美味しそうだが。
俺は鉛筆で濃く殴り書きしたあと、鉛筆を投げ捨てて家族にバレないように外へ出る。
俺はいまだかつてないスピードで、オレンジ色の暖かい光を反射する夕空の下を、Xの家へと向かって走り出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます