第21話 砂漠の城

油壺のオッサンは生理的に嫌だった。理不尽なのはわかる。俺でもあんな態度を取られたら怒るだろう。でもあのねちゃっとした感じが直視できないほど嫌だった。相手が女の時はねちゃねちゃが一層酷くて、端から見てても吐きそうだった。悪気はないし、セクハラがあったとは聞かないが。


油壺の記録では、俺の採血が失敗したように書いてあったが、実際には俺の採血は上手く行った。兄貴は俺のサンプルを持って医務室に行った。サンプルが一本しかなかったのは俺のだったんだ。


兄貴の採血をするのは油壺の仕事だ。多分、人形の腕は針が刺さらなくて採血できなかったんだ。あの時点で、兄貴は変になってた。

元々、気に入らないことがあるとそれが身内だったら平気で物を投げつける陰険なクソ野郎だったが、あの頃は他所行きの顔を俺にも向けていた。ああこれはもうクソ野郎じゃない、もっとヤバいクソなんだとさとったよ。


記録を見ると、みんな色んなことをやって頑張ってたらしい。そのおかげで俺は生きているが窮地にも立たされている。

今の浄水場は、ジャングルジムのような80cm大の鉄骨の立方体だらけだ。コンクリートも砕けて転がってると立方体に加工される。


九頭類立方体城といったところか。


砂漠のど真ん中に無数の立方体に覆われた建造物。立方体が邪魔でもはや何がどこにあるのかよくわからない。病人形は格子を壊さず、屈むことなく歩くから、格子の中に引っ込めば手を出せない。生存者にとっては確かに安全地帯だ。


杏の奴と何人かで片道10kmの砂漠を何往復もして町の鉄骨をここに運び込んでる。おかげで砂漠の範囲がどんどん広がって脱出を困難にしている。


運び込まれた鉄骨は、恵姐と霧山の爺さん、滝山の婆さんで立方体に作り替えてるんだが、恵姐の仕業だったんだな。爺さん婆さんの方が思いつきで始めそうな細工だったが。


そろそろ小水力発電機が格子の材料にされそうなんで、立方体に成形された事務机からラップトップを出して、小水力発電機の制御盤で充電しながらこれを書いてる。充電が終わり次第ジェラルミンに収める。砂漠で息絶えたとき、あいつらに食われないように。


缶詰泥棒は俺だったんだが、トマト泥棒が別にいる。誰なのかわからないが、俺が日中、病人形のふりをして機嫌良く歩いてるから多分警戒してるんだ。トマト泥棒を探してそいつとここを出る。手持ちの食糧が砂漠を出るまで持つギリギリだ。


このラップトップを次に動かせるのが俺であることを祈る。そうでなかったら、これを読めた奴、あとは頼む。


萩谷正就 記録

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