煮湯の氷

中埜長治

第1話 本日のお知らせ

「みんなに集まってもらったのは他でもない。残念なお知らせだが、このコミニュティの人間は絶滅した」


油壺医師は寝不足の赤い目を擦りながら言い放った。


この場にいる人間は全員死んでいる


コミニュティができる以前なら話の意味が通じないが、全員がそれがどういう状況なのか今は理解できる。しかし、指し示す状況があまりにもショッキングなので、今彼がなんと言ったのかその場にいる全員の脳が理解を拒絶し、ビジー状態に陥った。壁時計の音だけが発言を急かすように無言の部屋に響く。


「ふざけんのは名前だけにしろよヤブ医者」

歯軋りしながら段々原整備士がコミニュティ唯一の医者を睨みつける。

「君の名前も大概だよ」

「なんの証拠があってそんな」

「あんな落ち着きのない暴言を発するのに彼女が人形病なのかい」

「とりあえず食糧生産で悩むことはなくなった」

段々原の罵倒を皮切りにめいめいが一斉に喋り出したので互いに誰が何を言ったかがわからなくなる。これはまずいとハッとして自分の発言を引っ込めるのでまた全員が沈黙する。


「聞きたいことがある者は挙手してくれ。私が指名する」


油壺は誘導するが誰も手をあげない。

全員が「なんでだよ」「さっきお前喋っただろ」と思うだけ思うが、全員自分の発言は独り言のつもりだ。当然段々原の罵倒も彼女の独り言だ。


「そうか。そうだな。みんな特に質問はないようだから順を追って説明する」


油壺はどこからか持ってきた黒板にチョークで何かを書き出す。この集会所にはホワイトボードがあったはずだが、ここに人間がいないのなら「誰かが食べた」ということで合点がいく。


私たちが死んだことを知った初日はこうして始まった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る