波乱⑨

「なんか、凄く懐かしい感じがしやす」


観覧車に乗り込んだ哲也くんは窓の外を見ながらそんな事を言った。


目は爛々と輝いておりとても嬉しそうだ。


「過去に乗った記憶が?」


「いや、どうなんでしょうかね。ただ、なんだか今日だけで何か、頭の片隅にちらつくものがあるんす。記憶の断片っていうやつですかね」


「些細なことでもいいんだけど、気づいたら教えてほしい」


「‥兄貴は、何でそんな親切にして下さるんで?」


目をまっすぐに覗き込んでくる。

その瞳は純粋そのもので、俺には眩しい。


「親切って、そんな事ない」


「親切、というよりお人好しなんですかね。姉御の事は分かりやす。元々大切なお人でしょう。ですが、コイツは違う」


哲也くんは自身を指さした。


「初対面でしょう?憑依アプリなんてモノを手に入れて、思いつきで行った行動かもしれやせんが、兄貴が俺の為、そしてコイツの為に行動する義理はないでしょう」


義理。

そう言われてみれば無いかもしれない。


だが、責任はある。俺がとった行動で、人一人の人生を狂わせてしまったのだから。


しかもそれは期限付きだ。


アイにしても、テツヤにしても、時間が経てば経つほど元の藍良と哲也くんの存在は薄れていく。

どんどん、面と中身が一致していく事になる。


それは俺にとって、とてつもない恐怖なんだ。


「アイにもテツヤくんにも感謝してる。二人の存在がなければ、藍良も哲也くんも意識を取り戻さなくて死んでいたのかもしれないんだから」


じっと俺の目を覗いていた瞳が少し揺らいだ。


口を開き何かを言いかけたが、ぐっと堪えた。


「いち早く、俺の生前の後悔が何なのかを見つけやす。探しやす」


改めて決心したように強く頷いた。


「俺も、何か手伝えるような事があれば何でもいってほしい」


「へい。すいやせん」


哲也くんは深々とお辞儀をしスッと視線を斜め前に移した。そしてハッと驚きの表情を浮かべその方向へ指をさした。


「兄貴!」


目を細めてその方向を見る。


丁度一つのゴンドラが頂上付近に差し掛かる時だった。その中にはアイと山岸が乗っている。


「アイ⁈」


俺は思わず立ち上がる。


アイは頭を抱え、何かを叫んでいるようだった。


「あの野郎!!」


哲也くんも立ち上がり叫ぶ。

山岸が何かをした、いや、そんな風には見えない。


山岸はオロオロと周囲を見渡し、アイに何か声を掛けている。


「くそっ!何か緊急停止ボタンとかないんすか!」


俺はボタンを探す。何か、ボタンのようなもの‥。あった。


「あ、兄貴待って下せぇ」


哲也くんが慌てて俺の手を引いた。


アイが乗っているゴンドラはゆっくりと高度を下げていく。


さっきまでパニックに陥っていたアイは深呼吸をしているようで、側にいる山岸の声かけに小さく頷いているようだった。


「‥あいつが何かやった訳では無さそうですね」


「あぁ」


そろそろスタート地点に到着する頃には、アイは何もなかったように笑っていた。


一体、何があったんだ。

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