終わりと始まり⑧

『見たか?』


急かすように聞いてくる鴨居。

俺は「見たけど、何だよこれ?」と聞き返す。


『名前の通りだ。これは、アプリ内の魂を他者に強制的に憑依させることが出来るんだ。

使い方はインストールした後にアプリのガイドが教えてくれる。このアプリを使えば、明日から意中の相手がお前のものに‥!つまり、あんな事やこんな事が‥』


鴨居が囃し立てるようにヒュー!ヒュー!と口笛を鳴らした。


あんな事や、こんな事?


俺の脳内では、藍良が制服のボタンを外し服を脱いでいく姿が再生される。


ゴクリと生唾を飲む。

い、いやいや!


「ま、またまたぁ。そんな馬鹿な話があるかよ。俺を揶揄っても無駄無駄。そんな非科学的な話を信じる訳—」


『‥そうか、お前も俺の事を頭がおかしい奴だって思うんだな?お前だけは、信じてくれると思ったのに』


ぐすん、と鼻をすする音が聞こえてくる。


え、こいつ、まさか泣いてるの?


『俺はさ、ただ、昔お前に世話になった恩があるから、何か、役に立ちたくて、ごめんな、気持ち悪いよな』


ぐす、ぐすん、とすすり泣く音が大きくなる。


俺は卒業アルバムから遂に鴨居常叶の名前を見つけた。

隣のクラスだったそいつの卒業写真をじっと見る。


‥いや、誰だよ!


やっぱり何度見ても思い出せない。しかも、小学生の時の鴨居と現在の鴨居は随分と違う。


今は細身の体型だが、昔は小太りで低身長。大きな黒縁眼鏡を掛けている。

こんな特徴的な男を忘れるか?

それに、俺の連絡先を誰から聞いたんだ。

急に連絡をしてきたその意図は‥。


『ごめんな、変な話して。少しでも話せて良かったよ。じゃあな』


「ちょ、ちょっと待て」


俺は通話を切ろうとする鴨居を止めた。


正直誰かは覚えていないが、こいつが必死なことは分かる。

分かってもらいたい、という気持ちが伝わってくる。


「アプリをインストールしたらいいのか?」


『あ、ああ!そう、そうなんだよ。インストールしてとにかく使ってみて欲しいんだ』


「‥変なウイルスとか入ってない?」


『おいおい、俺がそんなアプリを教えるわけないだろー』


はっはっは、と明るく笑う鴨居。


そのの事をこっちは覚えていないんだよ。

しかしそれを指摘するとまた涙ぐむに違いない。

アプリを入れるだけだし、正直、正直だが、少し興味がある!


あ、あんなことやこんなことが出来るなんて思って無いし、エロい事が出来る、なんて微塵も思ってないが。


「‥分かったよ」


全く仕方ない奴だ、鴨居。

お前がそこまで言うなら、俺は入れたくもないアプリをインストールしてあげよう。


言われてみれば、俺とお前は昔友達だったような気がしなくもない。


インストールのボタンを押す。

ダウンロードの進行状況を知らせるインジケータがぐるぐると回り、ピコン、とダウンロードが完了した音が鳴った。


『終わったか?』


「あぁ、終わったけど、この後どうすれば—」


ブツッ、ツー、ツー


「‥‥は?」


通話が切れた。

俺はもう一度掛けようとしたが、電話に出ない。


そして、あろうことか


【鴨居常叶が退出しました。メンバーがいません】というメッセージが画面上に出てきた。


「はぁぁあぁあ!?!?」


日付が変わった深夜0時00分。


こうして俺は、記憶にない同級生の巧みな話術によって、怪しげなアプリをインストールさせられた。



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