ゴーストインザサンシャイン

空殻

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 最初は、なぜこの時間に見えている、そう思った。

 

***


 私には俗にいう『霊感』というやつがある。幽霊が認識できるというあの不思議能力だ。特に何かをしたわけでもなく生まれつき霊感があった。だから幼い頃は、自分には当たり前に見えている幽霊について、周囲に話しては随分と気味悪がられた。少し成長すると分別がつくようになって、わざわざ幽霊について言い回るようなことはしなくなったが、それでも変わらず見え続けた。

 しかしこの『霊感』という言葉は少し曖昧な分類だと思う。私は幽霊を『見る』ことしかできない。触ることはもちろん、聞くこともできない。ただ見えるだけだ。他には何もできない。

 これまで何度も、私が見えていることに気付いた幽霊の方から、私に向かって何かを訴えかけてきたことがある。しかし彼らの嘆きを、私は聞くことはできないのだ。必死の形相で叫ぶ彼らを見るたびに、私は怖いと言うよりも、むしろ申し訳ない思いに駆られた。だから私は「すいません、すいません、ホントすいません」と繰り返し謝りながら彼らをやり過ごしてきた。そしてそれからしばらくは、その幽霊がいた場所には寄り付かないようにする。また見てしまえば、またいたたまれない気持ちになるからだ。しばらく経ってからその場所に行って、幽霊が見えないことを確認すると、私はホッとした気持ちになる。


***


 ある休日の朝、散歩がてら近所の公園に行った私は、そこで幽霊を見た。

 その日は良く晴れた日で陽光が燦々と降り注いでいた。そんな光の中でベンチに座っているその幽霊は、黒い服を着て、青白い顔をした男性だった。幽霊だと分かるのはよく見るとその体が透けているためだ。

 幽霊を日中に見たことなどこれまで一度も無かった。幽霊を見る時は時刻はいつも夕方以降、太陽がほとんど落ちてからの時間帯に限られていた。経験則ではあるのだが、私にとってそれは暗黙の法則であった。

 だからこそ、このように太陽の下で幽霊が見えるということは、私の理解を超えていた。幽霊自体が超常の存在ではあるのだが、そこにも法則があると信じていたのだ。

 目の前の現実を拒否するかのように、私は急いで立ち去ろうとした。だがその時、幽霊の彼が私に気付いた。視線が合う。いつものことだ、見えていることに気付かれたのだ。

 私はまるで獣に睨まれた獲物のように身動き一つしない。しかし一方の幽霊は、しばらく私を見つめていた後、微笑んだのだった。軽く会釈までしてくれた。

 思わず私も首を少し動かして挨拶を返した。幽霊の彼はまた微笑み、そして空を見上げる。両手を広げて、日光浴でもするようだった。幽霊の日光浴、何とミスマッチな組み合わせ。それでも彼は喜びに満ちた表情で太陽の光を浴び、そして何かを叫んだ。

 彼が叫んだことは口の動きを見れば明らかだった。だがいつものように私には聞こえない。ただ見えるだけだ。

 笑う彼の唇は赤く、尖った白い歯が覗いた。


***


 これは推論でしかなく、あるいは妄想に過ぎないかもしれない。それでも私は、この日光を浴びる幽霊に、何らかの解釈を見つけたいのだ。そうして超常的存在と折り合いをつけ、私は心のバランスを保ってきた。

 まず彼が幽霊であることは明らかだ。その体が透けている。また公園には他にも人がいたが、私以外に見えている様子はない。

 そして幽霊は日中には現れない、言い換えれば夜に現れるというのもまた、私の経験上は揺るがない法則だ。にもかかわらず、彼は日光の下で存在している。

 このことに納得するために私が考えた詭弁、それは『彼にとっては今が夜に等しい』という理屈だった。

 夜とはなんだ。それは客観的には太陽が沈んでいる時間帯だが、もっと主観的に考えるなら、それは『活動をしない時間帯』、あるいは『眠る時間帯』ということか。

 彼にとって今が本来眠っているはずの時間帯ならば、彼は生前、太陽が出ている間眠っていたということになる。単に昼夜逆転した生活を送っていた人間だろうか。それはあり得るだろう。

 しかし、別の可能性を考えるなら。

 黒い服。青白い顔。赤い唇。尖った白い歯。

 一つ、私がイメージしたものがあった。そうだとしたら幽霊以上にそれは超常的で、しかしだからこそ今この場の結論にはふさわしいような気がした。マイナスにマイナスをかけてプラスになるように、異常と異常が組み合わさって理解可能な答えになると思えた。


 彼は、吸血鬼の幽霊なのではないか、と。

 

***


 ここまで論理を組み上げてから、私はあらためてまじまじとこの幽霊を眺めた。彼は日光を浴びて、心底嬉しそうにしている。もしかしたらこの喜びは、生前決して見ることができなかった太陽への憧れが、こうして死後に叶ったからなのではないか。

 もしそうだとしたら、彼はしばらくはここに留まり続けるだろう。私には彼にしてあげられることは無いし、またしてあげる必要もない。だがしばらくはこの公園に来るのは控えることにしよう。なんとなく物悲しい気分にさせられる。

 十分に満足したら成仏してくれよ。いや宗派が違うか、アーメン。

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