第55話 コンペティション前日④
破壊音が会場から連続する。
それはさながら怪獣が暴れ回っているかのような轟音だった。
会場へ向かうと、ロイ・シャフツベリーと何者かが争っているところだった。魔人を疑うだろうが、その顔を見た瞬間にわたしはどういう事態か理解する。
白髪に顔に無数の傷でロイ・シャフツベリーと争っているのならば、該当する人物は一人だけだ。。
「ははは! 久しぶりじゃあないか、エド!」
「今日こそ死ねや、筋肉達磨ァ!」
エドという名前チンピラっぽい男で人類規格外のロイ・シャフツベリーと同格ということであれば、もう確定である。
エドガー。
英国に所属している人類規格外。十二人存在する英国人類規格外の円卓の騎士の一人。
英国の
襲名した名はランスロット。彼こそが現代の円卓最強と名高いエドガー・ランスロットだ。
強大な力と力のぶつかり合いに会場の壁が吹き飛び窓ガラスが破砕される。
「ああもう、ロイの馬鹿筋肉! 周りへの影響を考えなさいな!」
ミルドレッド・バグウェルが叫びながら、指笛を一吹きする。
彼女の影に潜んでいたシャドウドラゴンが飛び出し、窓ガラスの全てを影の触腕を使って受け止めて被害をゼロとなった。
「ひええええ、終わりですわ、天変地異ですわあああ!?!?」
「あ、田中、無事だった」
「るみるみ様! 良かったですわああああああああ!!」
「うん、リアクションがでかくていいね」
「そんなこと言ってる場合ですの!?」
「いや、周り見てよ、周り」
「へぇ!?」
周りを見れば、ロイとチンピラっぽい男の争いに騒いでる探索者はほとんどいない。
皆が面白げにことの推移を観察している。
「みんな落ち着いてますわ!?」
「そりゃここにいるのは各国のトップ勢だからね。あれくらいのじゃれあいは慣れてるものだよ」
「あれで……?」
ロイ・シャフツベリーとエドガーのじゃれあいの規模は限界知らずに上昇していく。
エドガーの拳剣が次元を切り裂けばロイ・シャフツベリーの腹筋が次元を修復する。人類規格を幾重にも外れまくった人外の拳打の応酬。
ロイ・シャフツベリーの一撃はそれだけでこのビルを破壊する。何度も倒壊を繰り返す。その側から倒壊した結果そのものをエドガーが破砕してなかったことにする。
「腕を上げたなぁエド! 随分やるじゃないか!」
「ウルセェ潰れろや筋肉達磨! 他人様に迷惑だろうが!」
「ハハハ! 無理だよ。私が1番強いのだからね。私が最も自由さ!」
どっちも迷惑ではと思わなくはないが、このままやらせ続けていたら世界が滅びてしまうのではないかと思う。
この感じは日本でコンペティションが行われた時の織野華とロイ・シャフツベリーが戦った時と同じである。
わたしの目にははっきりと世界のひびが見えていてあまりやっていると現実で魔力変動とかが起こりそうとかいう異世界でしか見られなかったはずの兆候が見えている。
「かと言ってあそこに割って入ったらわたしは死ぬよ、うん」
「ひょっひょっひょ。若い若い」
そんな埒外の戦場に割って入る声一つ。
飄々とした柳の枝のような、老齢の賢者を思わせる喜色をはらんだ声色。それとともに香る強烈な酒精。
細く折れそうな年老いた男が酒瓶片手に、この戦場のど真ん中に現れた。
「あっ酒爺だ」
「おう、るみ坊。だいぶ強くなったんじゃねえか? 今なら稽古つけてやんぞ」
「えへへ、やったー!」
「るみるみ様がすっごい笑顔!? というかどなたですの!?」
「お酒爺様! あの馬鹿二人を止めてくれません!?」
それに目敏く気が付いたミルドレッド・バグウェルが声を上げる。
「まあいいが。良いのかい。ワシに頼んでよぉ」
「あれに割って入れるの酒爺くらいでしょ。わたしは、あの2人が吹っ飛ばされる様が見たい!」
「魔術馬鹿が来てないなら、そうだろうがなぁ」
「あといいお酒が割れるよ」
「ああ、そりゃいけねえや。んじゃ、るみ坊もついてこい」
「え゛」
「近くで見せてやるよ」
「いや、近づいたら死ぬんだけど!?」
「良いから来い」
「……まあいいか。近くで見れるなら死んでも良し!」
即死じゃないなら治せる。酒爺がいるのなら、即死することはあるまいという楽観だが、実際そうなるだろう。
彼もまたこの場にいるのであれば、人類規格外に他ならないのだから。
中国に半世紀もその名を輝かせるダンジョン探索の生き字引。あの魔術G二宮金三郎の同時期に活躍していた探索者。
彼は魔術ではなく技術の徒。わたしが織野華以外に好きな探索者の名をあげるのであれば、この人というべき人間。
二宮金三郎? アレは面倒なのでパス。
彼もまたミルドレッド・バグウェルやラック・ラッキーといった連中と同類。ダンジョンでモンスターを倒しても身体の力の上昇などなかった無頼。
ダンジョンが彼にもたらした変化はただ一つ。
技術。
「んじゃ、大人しくさせようじゃねえか」
細枝のような腕を回して悠々と彼はロイ・シャフツベリーとエドガー・ランスロットの戦いへと割って入って行く。
常人であれば、そばに寄るだけで砕け散るほどの衝撃と重圧を超常の技術で受け流しながら、優雅さすら感じさせるように泰然は歩いてゆく。
「そらやるなら本番でやれい、坊主ども」
「あん?」
「おっと泰然か!」
二人の激突の中心に泰然は居座った。その瞬間、ロイ・シャフツベリーとエドガー・ランスロットは壁に叩きつけられている。
わたしの魔眼でもない限り、泰然が何をやったのかなど誰もわからないだろう。
数ナノでもずれれば即死するような力を両側から受けながら、完璧な身体操作で自らに何ら痛痒もなくその力をそっくりすべて返す技にわたしは感動を覚える。
流石、泰然。中華の武そのものとすら言われる男である。
「ハハハ! 相も変わらずやるようだな、泰然!」
「年上は敬えよ、筋肉馬鹿」
「どっちもどっちじゃな、坊主ども。若い若い。じゃからワシのようなものに割って入られる。戦いを続けたいのならもっとうまくやらんか」
「その必要がどこにある? 私はこの国で最も自由な男だからね。何をしても良いのさ」
「チッ、クソが。これだから筋肉馬鹿は嫌いだ。てか、オマエもいるのかよ、変態人形遣い」
「え、誰?」
「オマエだ」
エドガー・ランスロットがわたしを指さす。おかしい、わたしのどこが変態だというのだ。
ちなみに人形遣いというのはわたしの英国でのあだ名だが、おかしい、何故バレているのだろうか。
天岩戸での任務で英国に行ったときに少しばかり魔人ネクロマンサーとの戦いで魔力糸を使って死体を操り返してやっただけなのだが。
「チッ、技を見りゃわかんだろうが」
「バレないようにやってるんですけど」
「ハハハ、なんだ君たち知り合いなのか! 私ほどじゃないが強いわけだよ。まあ、勝ったのは私だがね」
「はぁ? あなたのタックルを受け流しましたがー?」
「オイ変態人形遣い、テメェ、こいつのタックル受け流したって?」
「受け流してやりましたよ」
「良し、テメェ、オレと戦え」
「ひょっひょっひょ。若い衆は血気盛んで良いのう。して、タックルを受け流した技を見せてもらおうか」
なんで、わたし以外の連中が戦闘態勢に入っているんですかね?
「やめんか、バカどもー!」
ミルドレッド・バグウェルが僕のモンスターを解き放ってきた。
流石にこれ以上続けるのはまずいということなのだろう。
ほとんど何もしてない気がするが、主要な人物たちとは顔合わせできたから良いとしよう。天岩戸として会ったことはあっても瑠美として会ったのは初めてだからね。
ああ、でもこれだけは言っておこう。
「まあ、勝つのは
もちろん全員に火をつけたのは言うまでもない。
●
深淵。
その暗がりの中にその王国はある。
その王国にあるのは熱血と鉄血のみ。
その身を飾る鋼の武具と王国の地に流れる敵の血。
殺人帝国と暗がりに潜むものたちは呼ぶ。
ダンジョンに潜る探索者を殺す探索者狩り。
魔人の一党の中でも悪辣とされる。
彼らは好んで人を殺している。モンスターの血を入れたが故の殺戮衝動ではなく、彼らはそんなものを得る前から殺人衝動に酔っている。
そんな狂気を宿すものたちの帝国が、ダンジョンの深淵にはあるのだという。
そして、その女王はダンジョンを彷徨いながら殺戮を繰り返すのだとか。
そんな噂はアングラネットではあり触れたものである。
しかし、ダンジョン内で開かれた闇市や行き場のない者どもの集落などでは天災として事実である。
「ヒヒ、ヒヒヒヒ」
ダンジョンの洞窟の中に広がっている薄暗がりに照らされた闇市の一つ。
ダンジョンの外では生活することができないダンジョン犯罪者たちの行きついた安寧の地とも呼べる場所に無邪気な笑いがこだまする。
「やべえ、逃げろ、
誰かが言った、逃げろと。
誰も彼もが悲鳴を上げて我先にと逃げ出そうとする。
何故ならば、あの無邪気な笑いは、無法者たちすら恐れる邪悪の足音だ。
同時に乱回転する高音が鳴り響く。
それは彼女が牙を抜き放った証だ。
暗がりから行燈の薄明りの中へとそれは現れた。
童女だ。
暗がりにある顔で煌々と瞳が赤く輝いている。
「鬼ごっこが好き? ヒヒ、ヒヒヒ。アタクシも大好きよ」
童話の女の子が履いているようなかわいらしい靴。
童話の女の子が着ているような素敵な服。
まるでお人形さんのような女の子。
きっと理想の女の子はこんな感じなのかもしれないというような容貌の金髪の少女が現れる。
ただその手にあるものは異形だった。
巨大な風車のごときチェーンソーの刃が回る回転鋸という異形のソレ。
先ほどから乱回転する高音の正体。大回転する風車回転鋸の歯鳴り。
少女が持つには異形に過ぎるそれを彼女は悠々と手にして。
「ごきげんよう旧人類の皆さま方。アタクシは、クイーン。趣味特技は殺戮虐殺拷問です。ヒヒ、ヒヒヒヒヒ」
嗤いながら殺戮を開始した。
逃げ惑う人々を回転刃が斬り裂いて悲鳴を上げさせる。
武器としてその異形はあまりにもおかしな代物であり、威力など対してない。だが、巻き込まれればズタズタに引き裂かれ、それでもなお死ねない。
死にたくなる苦しみの中苦悶を抱えて、それらを叫びながら悲惨に死ぬ。
「ヒヒ、ヒヒヒヒヒ」
少女はそれがたまらなく楽しいのだと笑っている。
嗤っている。
闇市のダンジョン犯罪者を殺し尽くして血にべったりと濡れながら少女は心底楽しそうに笑い続けている。
これこそが己にとってのシャワーとでも言わんばかりに身ぎれいにしなきゃと言わんばかりに血を浴びる。
「ああ、楽しいなぁ、楽しいなァ!」
少女――魔人クイーン。
天岩戸のデータベースに載っている千貌と並ぶEXランクの魔人。
殺人帝国と呼ばれる最悪の魔人組織を率いる若き長。
「次は上でやっていいんだよね。ヒヒ、ヒヒヒヒ。たくさんたくさん殺せるの。日の光の下で殺していいんだよね。ああ、楽しみだなァ」
魔人の一党が深淵から飛び出さんと蠢きだしていた。
誰も、その片鱗を感じないまま。
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