第54話 コンペティション前日③
ミルドレッド・バグウェルとの会談は普通にロイ・シャフツベリーに対する愚痴を言いあって終わった。
本当に何もなかった。あと数分あの部屋にいたら、たぶんわたしは篭絡されていたに違いない。
「あれで序列四位かぁ……強いなぁ、アメリカ。でも、アレ真似できるかな……」
先天的な美貌によるものというのとは少し違うとわたしの眼は言っている。
いや、多少はあったかもしれないが、重要なのは彼女を強化したダンジョンの魔力の方だ。
ミルドレッド・バグウェルも魔力導管偏重症の一種だ。もはや亜種くらい原形がない症例で、まったく彼女の強化は全て美貌に向かうというもの。
その果てにモンスターすら魅了する美を体得した。あの人はまさしく水面下で努力し続けた白鳥だろう。
技術的ではないが、魔力の作用を逆算して魔力経路を形成再現すればある程度まではわたしも真似できるかもしれない。
「やってみよっと」
ちょうど近くに人はいない。空き部屋も発見した。
ここで試さずして何が元ドッペルゲンガーか。
全身に魔力を通わせる。わたしの身体は魔力の通りがいい。全身くまなく魔力導管に魔力を流し込み、新しい経路を増設していく。
それは麻酔なしで手術をしているようなものであるが、魔力圧で弾け慣れたわたしには問題のないものだ。
魔力導管を魔力を使って拡張。即座に拡張された部分を魔力強化、そのまま思のままに流れを作っていく。
これぞ魔導王国の筆頭魔術師ケイレゾン・ミスカレアが創設したケイレゾン法による魔術師強化術だ。
「ふぃ……これで――」
「へぇ、面白いことやってるね、キミ」
目の前に青と紫の瞳があった。
「っ!?」
慌てて飛びのく。
いつの間に部屋に入ってきたのか。いつの間にそこにいたのか。
まったく気が付かなかった。
紫の瞳の男は胸ポケットからサングラスを取り出してかけながら、暗い部屋の中ベッドに座って足を組んだ。
「ああ、そんなに慌てなくていいよ。取って食おうってわけじゃない。キミがキミ自身をかけ皿に乗せない限りは、僕は何もしないさ」
「あなたは」
「僕かい? 僕はラック・ラッキー」
上等そうなシャツに同じく上等そうな鮮やかなベスト、黒のハーフパームグローブをした優男はサングラスの奥の瞳をわたしにまっすぐと向けながらそう名乗った。
「序列五位……ですか」
「ああ、僕のこと知ってるんだ。やっぱり僕は運が良い」
「アメリカの人類規格外の全員を頭に入れてるだけですよ」
「それでもすぐに僕だって当ててるじゃないか」
「名乗られましたので」
「はは。そうだね。それで感想は?」
どこかすべてを笑っているかのような声色でわたしに問いかける。
ラック・ラッキー。どう考えても偽名でそう名乗ったのは、アメリカ人類規格外の序列五位の男だ。
一言で言えば、彼はギャンブラー。運だけでアメリカ序列を駆けあがっていった生粋の狂人。
隊長から言われた一言は、絶対に賭けに乗るな、だ。必ず負ける。勝負をするならば完全に運の要素を配したものでなければ彼には勝てないのだとか。
彼もまたミルドレッド・バグウェルと同じ、ダンジョンが強化した彼の資質は運。
「得体が知れないと思いました」
「はは。僕は単純な男だよ。というか、アメリカの人類規格外はみんな単純特化型だ。そもそも人類規格外なんてものはどこか一つに特化しなければなれない代物だから当然なんだけどね」
「運とかいう単純じゃすまない性能してるじゃないですか」
「いいや、単純さ」
ラック・ラッキーはにやりと笑う。
「僕が勝つ」
ああ、嫌だ嫌だ。
どうしてこうも人類規格外という奴らはこうなのか。
「そうなると断然負けさせたくなりますよね」
「いいね。ロイがキミのことを気に入るわけだ」
「よしてくださいよ。あんな筋肉達磨のこと」
「それ彼の前でも言ったのかい? それとも態度に出したのかな。うん。キミはやっぱりロイに気に入られるべくして気に入られた人間のようだ」
「それよりも、どうしてこの部屋に?」
「ああ、僕は運が良くてね」
「知ってます」
「ここには僕は最初からいたのさ」
「いませんでしたけど?」
「運よく、見つからなかったみたいだね」
「そんな運よくあってたまりませんよ」
「あるものは仕方ない。現に僕はここにいるわけだしね」
これがラック・ラッキーの運か。
わたしが運悪く見逃すような運の良さ。人類規格外の中でも理屈の通じなさではトップかもしれない。
とにかく彼の全ては運だから、まず序列が安定しない。
アメリカの序列はダンジョンの制覇数だとかで換算されているらしいため、運の振れ幅によって彼の結果は大いに異なる。
その結果、五位であったり、三位であったりとかするらしい。
何よりわたしに真似できないので、筋肉馬鹿ロイ・シャフツベリーに次いで苦手な探索者だ。
「それで? キミはいったい何をしていたのかな?」
「鍛錬です」
まさか相手に馬鹿正直に話してやる必要はない。
まあ、話したところで信じられるとは思っていない。
「鍛錬ね。キミはなかなか面白いことをしていたように思うけど?」
「まさか、単純なことしかしてませんよ」
「魔力」
「……」
「それも魔力をなんか面白い風に流していじってたよね」
わたしの彼に対する警戒度が跳ね上がる。
この世界の人間は魔力を視る眼をまだ持っていない。だから、魔術は異世界のように発達しておらず、ケイレゾン法のような鍛錬法は発見されていない。
一花ママのような魔力導管偏重症についての知見も多くない。
だから、ラック・ラッキーの言葉に耳を疑う。こいつ見えている。
いや、紫の目?
「ボクの右目は魔力を視るのさ。キミと同じでね」
「……」
私の魔眼が真実を見通す。彼の言う通り彼の右目は遺物だった。
見覚えのない遺物だ。わたしの知らない遺物となると、アーベント・ナハトノッテとしてのわたしが死んだ後に発見された遺物か、この世界固有の遺物かだ。
面倒なことに協会に登録届を出さなければデータベースに登録されないから、個人所有の遺物とかになるとわたしの知らないものが出てくる。
そのあたり何とかしたいと趣味と実益を兼ねて協会に言っているわけだが、道行きは長そうである。
「あれ、疑ってる?」
「いいえ。わたしの眼はイエスと言ってます」
「そ。良かった」
「ただ、遺物ですよね、その眼」
「へぇ……」
おっと藪蛇だったかもしれない。
「すごいな、キミ。僕のこれが遺物だなんてわかった人、初めてだよ」
「目が良いもので」
「そうみたいだね。キミの目は、普通じゃない。それ自前? 僕みたいな遺物じゃないよね」
「自前です」
「ますます興味が出てきたよ。どうだい、僕とこれから」
「遠慮します」
「なら賭けはどうかな?」
「運の男との賭けは勝負にならないでしょう」
「運が良ければ勝てるよ」
「NO」
運では勝てないのは確定だ。なんだったらわたしは運が悪い方なのだ。
何度魔力変動と出会ったことか。
「やれやれ。じゃあ、今は退いておくか。また会いに来るよ」
「それならなんかわたしに役に立つ技術を持ってきてください」
「技術か。うーん、じゃあ、こういうのは?」
くるくると彼の手の中でコインが動き回っていく。
器用なことだ。指から指へとコインが華麗に移動して、ピンと親指で弾くと空中でコインが消える。
「手品?」
「そう」
「うーん」
ぶっちゃけた話をすれば、わたしはこのくらいはできる。
シリュミュールの剣は十刀流。尋常ではないほどに器用でなければできない剣術なのだ。
「OK、なら次までに何かキミが満足できそうな技術を仕入れておくよ」
「できるんですか?」
「できるさ。僕は運が良いからね」
そう言って彼は部屋を出て行った。
わたしもこの部屋にいる気はなくなったので、出ていく。続きはホテルに帰ってからにしよう。
田中も放置しすぎているし、何か問題が起きていなければいいが。
などと思ったら、会場から破壊音が聞こえてきた。
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