第51話 修行という名の爆発(人体)

「では、これより! 修行を始めます!」


 修行もとい代表合宿である。これから3週間、正確には17日間、ダンジョン内でコンペンションに備えてレベルアップを図るのである。

 何せアメリカトップがアレであり、各国トップが出てくるのだからやれるだけのことをやらないとどうにもならない。


 そこでわたしである。

 わたしは天岩戸の隊員の訓練も担当している。人を鍛えることは前世でもたくさんやってきたから大得意だ。

 コツは死にかけさせて限界を越えさせること。

 人間、頑張ればどんなことでもできると知った前世のわたしは感激にむせび泣いたほどだ。なぜかその夜暗殺されたが、よっぽど成り代わっていた相手が恨まれていたのだろう。

 暗殺者がどう見てもわたしが鍛えた部下だったのもきっと偶然だ。


「ロイ・シャフツベリーの強さは配信で観た通りという感じです」

「なるほど……頭おかしいのですよね???」

「ガクガクブルブル、無理ですわ、死んじまいますわ……」

「あれこそメイドの極地。メイド服が見えない? 筋肉は立派なメイド服ですよ(錯乱)」

「はー、魔術ないかのぅ(興味なし)」

「我々はあいつに勝たないいけないんですよ! ほら国家の威信的なあれこれで! だから修行です!」

「魔術か!」

「はい」

「うっひょー!」


 単純魔術馬鹿はこれでよし。


「この修行を終えればメイド力爆上がり、なんならわたしもコンペンション期間中はメイド服を着ます」

「えっちなメイド服を用意しますね。ワタクシ、やる気になってきましたよ」


 メイドはこれで十分。おかげでえっちなメイド服を着る羽目になってしまったが必要経費必要経費。


「そこの2人は強制参加で強くなってもらいますね! 大丈夫、ズルして短期間で強くします。ちょっと死ぬかもしれないですが、治療の用意はできてますので!」

「死ですの!?」

「帰らせていただき」

「だーめ!」


 2人の首根っこ引っ掴んで魔力糸で拘束。


「このダンジョンはこのホテルで1番魔力圧が高いダンジョンです。修行はここでします」

「死にます」

「死にますわ!?」

「大丈夫ギリギリで生かしますので!」

「ぜんっぜん大丈夫ではありませんわ!?」

「良いですか? 探索者というものはダンジョンで死にかけるほど強くなるんですよ」

「ここは蛮族ですか????」


 失礼な。治療魔術のある異世界では短期間で強くなるちゃんとした方法だというのに。

 この世界、治療魔術ないから誰もやらないだけ。わたしは治療魔術あるから問題ない。


「さあ、行きましょうねー!」


 ダンジョンに飛び込んだ瞬間、二つの赤い花が咲いた。

 田中と兼業リーマンが魔力圧により破裂した。


「はい、生きて生きてー」


 掴んでいるところから治療魔術を流し込んで即死を阻止。

 死なないギリギリの状態へ復帰させる。


「それから魔力を流し込みますねー。魔力を意識してください」


 それからわたしは周囲の魔力を集めて2人に流し込む。

 すると2人の身体は急速に高魔力による治癒と強化を開始する。

 もう2度とこのような醜態を晒さないようにとばかりに、肉体の魔力圧耐性が上昇していく。その余剰で肉体もまた強化されていく。

 数時間もすれば意識も戻る。


「ぶはっ!? 死んだ! さっき自殺した同僚が河岸で手を振ってましたよー?!」

「ぉぎゃぁぁ!!?!? 去年死んだばあちゃんが手招きしてましたわ!?!?」

「いやぁ、元気で何よりです。さあ、2回目いきましょうか」

「鬼だ……」

「るみるみ様のおにぃ!!!」

「はははー」

「メイドもドン引きです」

「楽しそうじゃのう」

「魔術Gは新しい魔術教えるのでそれ覚えてください。メイドさんは元から強いので実戦経験積んできましょう。ダンジョン探索してきてください。従わないならみんな同じ訓練やる感じで」

「全裸待機じゃ!」

「わかりました」


 2人に指示を出しておいて、わたしは2周目の準備だ。周囲の魔力を操作圧縮して強制的に魔力圧を上げる。

 だいたい2倍まで圧縮したところで、2人が弾けたのでまたギリギリ治療で魔力を注ぎ込む。

 再び数時間後に2人は目覚める。多少間隔は短くなった。良い兆候だ。


「あばぁぁ!? 死にます死にますわ! 土下座しますからもう許してですわあぁぁぁ!?」

「大丈夫大丈夫、わたしが生かすから」

「諦めましょう。諦めて僕は織野華だと思い込むことにします」

「リーマン様お気を確かに!?」

「はーい、3回目ー」


 3倍魔力圧まで上げたところで田中が破裂した。

 しかし、兼業リーマンは破裂しなかった。


「おや?」

「できるできる、僕は織野華……」


 なにやらぶつぶつ呟いたと思ったら、首筋に悪寒を感じた。


「あっ、これ、まずっ!?」


 バックステップで距離を取ろうとした瞬間、兼業リーマンの手に出現したがわたしとの間にある距離を両断して消し飛ばした。

 距離が切り飛ばされたことでわたしは兼業リーマンの目の前に移動。その瞬間にはわたしの首を刃が通り抜けていた。


「あれ、僕はなにを、あっ……」


 遅れて兼業リーマンが破裂する。

 来ると思って最初から最上級治療魔術を使っていたおかげで首を刃が通る端から治してどうにか首を元に戻し、兼業リーマンを治療することに成功した。


「あっっっぶなぁぁぁ!!」


 でも死ぬところだった。あと一瞬でも判断が遅ければ、あと少しでも兼業リーマンの地力が高ければ、わたしは死んでいた。


「まさか自分を華ちゃんと思い込むなんて」


 思い込みにより兼業リーマンは一瞬だが、織野華となり、さらにわたしが使っているからと魔力剣まで使えると思い込んで使ってきた。

 何それという出来事であるが、事実である。プラシーボ効果ってすごい。


「前から才能ありそうだなと思ってたけど、想定以上だったなぁ」


 これができるなら良いとこまで行けそうで何よりだ。

 そろそろわたしも修行しなければならない。まずはこの脆弱な肉体を鍛えないといけない。


「よーし、わたしも破裂するかー」


 魔力をわたしが破裂するまで圧縮する。限界を超えると呆気なく破裂する。

 真面目に死ぬほど痛いが、元ドッペルゲンガーなわたしは痛みにかなり強いのでこれくらい問題なく魔術を使える。


 テキパキと治療してから魔力吸収で身体を強くする。この繰り返しで地力を補強していく。


「うーむ、ぷにぷに」


 わたしはぷにぷにから逃げられないのかもしれない。

 破裂して魔力吸収しながら筋トレしているというのに、どうしてわたしの腕はぷにぷになのだろう。

 もっと硬くなりたい。


「ともあれ、1日もあればだいたいなんとかなりましたね!」

「なんともなっておりませんわ!」

「僕は、織野華、僕は織野華……」

「リーマン様を見てくださいまし! もうこんな調子ですわ!」

「うーん、すごい」


 兼業リーマンはすっかり目から光を失ってぶつぶつ呟くだけになってしまっている。何度も臨死体験をしたらそうなるのは確認済みなので問題ないだろう。

 というか、彼に関して言えば正解過ぎる。わたしには今、兼業リーマンが織野華にしか見えない。

 ぶっちゃけ気を抜いたら兼業リーマンに抱き着いて頬ずりしに行きそうになっている。マジでヤバイ。


 人の思い込みってこんなに強いんだ。というかこんな効果あるんだと学ばされた気分である。

 この人どうして兼業しているんだろう。どこかの主人公とかではないのだろうか、この人。


「まあ、そっちは後で殴って元に戻すとして」


 なんなら織野華(偽)と化した兼業リーマンと戦って経験を積むというプロセスは非常にありであるからしばらくはこのままにしておこうとわたしは固く誓った。


「田中は元気だね?」

「わたくし元気だけが取り柄でしてよ! あとマリアンヌですわ!」

「うーん、すごい」


 もう何度破裂して臨死体験したかわからないというのに、田中は元気に叫びまくっているのである。普通なら兼業リーマンのようになってからどうにかこうにか回復していくというのに。

 彼女だけはこの調子が最初からまるで崩れない。


 こういうところで予想外な才能が出てくるので、本当に破裂はやめられない。


 わたしにもこの調子で何か意外な才能とか出てきてほしい。

 もう出ているとか、わたしの存在そのものがそれかもとかはない方向でほしい。


「じゃあ、そろそろ次の訓練やりますかー」

「それよりも速くお洋服をくださいですわあああ!」


 あ、忘れてた。

 今、破裂してみんな全裸だった。

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