第49話 最強の暴力 ロイ・シャフツベリー①

 その男は巨大であった。まず身長が高いことは前提として、それが3メートルともなればもはや巨人と言っても等しい。わたしの実に2倍だ。

 それに加えて、筋骨が常人の2、3倍はあろうかと思えるほどに隆々。筋肉と骨の分厚さは文字通り壁。

 それら2つの要素が合わさることでその男を巨大という一言へと押し込めていた。


「どうした、黙り込んで。好きなハンバーガーでも考えているのか? うむうむ。ハンバーガーは良いものだからな! だが、ジャパンのハンバーガーは何故あれほど小さいのか。ジャパニーズは謙虚とは言うが、流石に謙虚すぎると思うぞ」


 どこで謙虚と判断しているのか。この男は相変わらずのようであった。

 巨大な体で目の前にたって、その肉体に見合った大きな手でわたしたちの背中を叩いてくる。最悪なのはそれが避けられないということだ。


「ハルオリノはどうした? やっぱり来ないのか? 好きなハンバーガーをまだ聞けていないんだ」


 この男は本当に苦手、というかなんというか。

 

 アメリカ最強の名を手にしている男。アメリカの壁。歩く摩天楼。人型ダンジョン。筋肉お化け。脳筋の極地。極限の肉体。アメコミから出てきた男。空も飛べる筋肉。アイアンマン(肉体)。アメリカの織野華。


「ほ、ほんものの、ロイ・シャフツベリー、ですわあああああああああ!?!?!?!」

「はっはっは! ナイスリアクションだ! サインをあげよう」

「ぼぎゃ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?!?!? サイン、サインもらっちまいましたわ!?!?!?!」

「しょっぱなから有名人ですね。そりゃ、いますよね。アメリカ開催ですからね……いないと詐欺ですよね」

「なんというメイドちから

「生で見たのは久々やねぇ。また力あがっとるやん」


 ロイ・シャフツベリー。

 まるでアメコミのスーパーヒーローの如く満面の笑みを浮かべた、アメリカ合衆国が有する人類規格外20人の頂点に立つ男だ。


 あらゆるものに憚らず率直に、ぶっちゃけたことを言わせてもらえば、わたしはこいつが大の苦手だ。


 わたしは人の技術が好きである。

 真似をし、自分のものにできる技術を愛している。それは元ドッペルゲンガーとしての本能でもある。

 転生して人間になったとは言えども、この本能はわたしの中にしっかりくっきりかっちり染み付いてしまっているので変えようがない。


 そのわたしが愛する織野華の剣は、技術の極地と言える。あれこそが剣士が目指すべきものだ。それ以外に言葉は不要。

 二宮金三郎の四重詠唱だってそうだ。わたしにとっては不必要かもしれないが、魔術というものが発見されてから45年。磨き上げられた技術は尊敬に値する。


 だが、この男は違う。

 ドッペルゲンガーであった頃はまだしも、現在のわたしにとって相性最悪の真似できないタイプの探索者。

 彼は肉体フィジカルの強さのみでこの15年間、アメリカ最強の地位に立っている。


 探索者が体を鍛える必要はあるのか。

 探索者はダンジョンに入り、魔力を吸収することで常人の数十倍以上の力を発揮することができるようになる。筋力の概念は意味を失う。

 だから、鍛える意味はないのだと主張する者もいる。


 彼は違う。彼は鍛え上げた、己の肉体を極限まで。

 その結果、人類規格外の称号を得た。


 その肉体を循環する魔力はもはや人型のダンジョンと言っても差し支えない。鍛え膨れ上がった筋骨そのすべてに魔力が張り、貯蔵されている。

 ある意味で探索者は体を鍛える必要があるかの鮮烈なアンサーともいえた。

 答えとしては鍛えたら強くなれる可能性が上がる。


 その最果てがこの男。

 彼は小手先の技術を一切修得していない。技術など要らぬとばかりにその肉体性能だけでダンジョンを踏破する。

 そこにあるのはわたしには真似できないという、技術などない単純明快なすべてを焼きつくすほどの暴力だけだ。

 パワータイプと言えば田中であるが、まだ田中のやり方の方が真似する余地があるのに対して、これはそんな次元を容易く超過している。


 織野華と戦い、戦場どころか地球を破壊すると判断されて試合続行不可能となったことで、二人の決着はいまだについていない。

 戦いの余波で月に真一文字に斬り傷が入り、肉眼で観測できるほどに巨大なクレーターが1つ増えたほどだ。


 で、だれがこいつと話すのかとレインドールに視線を向けると彼女はいなかった。独特の気配を探れば、アメリカの協会員と話しているところである。

 他のメンツに視線を向けたら目を逸らされた。二宮金三郎は興味なさげである。

 わたしが話すしかないようだ。


「……ええと、それで何故あなたはここに?」

「君がイレギュラー2体を倒した有望株だね。ふむ、良い魔力だ。何故と聞いたかね? もちろんハルオリノが来ないかと期待して来たのだ。袖にされてしまったがな。これでは面白味がない。私が勝ってしまう」


 それは純然たる本心だ。ロイ・シャフツベリーは本心から己を最強であると自負している。織野華の異類にして同類。


 そんなことを言われたら。


「ならわたしが負けさせてやりますよ」


 俄然やる気が出て来た。


「ははは。楽しみにしていよう、無理とは思うがね。夢を見ることは皆平等に持っている権利さ。ハハハ! では行こうか、私のホテルに」


 ダンジョンホテル。それがロイ・シャフツベリーのホテルだ。

 絢爛と堅牢の2種が同居した高級ホテルが、今回の代表選手たちに与えられた選手村である。

 世界各国からの探索者たちを大人しくさせておくための場。部屋にはそれぞれダンジョンが設置してある。

 

 誰も知らないことだがダンジョンは、理論上ダンジョンと同等の魔力とダンジョン規模と同等の重さを持ち運べる身体能力があれば動かすことができる。

 もちろん運べるとは言ってもダンジョンの重さは内部階層相応で、超絶重たい。理論上は動かせても、100階建ての建物を1人で運べるのかという問題に直面して誰もできない。


 しかし、現に持ち運んで作ったのがこのダンジョンホテル。

 規格外の肉体と内包魔力によりロイにしかできない芸当と言えた。内蔵魔力量だけで言えば、織野華よりも高い。


「何故、私がこのようなホテルを作ったか、わかるかね?」

「さあ? 儲かるとか?」

「それがさっぱりでねぇ。何せ探索者しか泊まれないからね」

「なら何故」


 そう聞いたところで嫌な予感が背筋を登った。


「実力者と戦うために、暴れても問題ないからさ!」


 ホテル内に百はあるダンジョンからこの男を見つけるのは時間がかかる。

 故にその間は、彼は戦いたい相手と自由に戦える。


 剛腕がわたしへと掴み掛かりに来る。助けを期待したが、全員反応できていない。いや、二宮金三郎とメイド、レインドールは反応しているが、見逃している。


「ひどい!」

「ワハハハハハハ! 肉体とか、わし興味ない」

「メイドにもできないことがあるのです」

「当機自身を守れという原則に反するわぁ。それにあんたならなんとかするやろ?」


 ひどい。

 わたしは反応の全てを消費してカメラを起動する。

 それと同時に配信開始。


 それを終えると同時ダンジョンへと共に投げ込まれる。

 その瞬間、ホテルが組み変わった。わたしたちが入ったダンジョンは、ホテルの何処かへと消えた。


「はぁ、みんなー! こんるみー!!」


 やけくそ挨拶である。


 :おん? 真夜中に配信開始してるでござるな

 :なんだなんだ?

 :やけくそかわいい

 :るみるみ、今アメリカだよな?

 :まーたなんか起きたのか

 :な、なぁ? 画面に映ってる男って

 :ゲェ!? ロイ・シャフツベリー!?

 :またEXに絡まれてんのかるみるみは

 :おおかた実力を見せてもらおう! とかで他の連中から押し付けられたんじゃね?


「今、アメリカ最強に絡まれてます!」


 正解!


 :やっぱり

 :うわああ、やべえええ

 :運が悪い

 :あるいみ運が良いのでは?

 :アメリカ最強が出てるとあって同接が鬼なのだが

 :外国勢もいっぱい来てんなー


「ハッハッハ! どうした? ハンバーガーについて考えているのかね?」

「違います! 配信してるんですよ。いいんですか? わたしに挑んでることバレましたよ」

「ハハハ、構わないさ。それくらいでどうにかなるほど、私は弱くない。私はアメリカ最強なんだ。世界最強かは、ハルオリノと戦って決めたいところだがね。ともかく私を出さなくて困るのは上だよ」

「ですよねぇ」


 強い奴ほど自由。

 アメリカの探索者らしい考えである。


「さあ、軽く汗を流そう。ハルオリノがいないチームジャパンは、どれくらいできるのか。それを見せてくれないとね。足りないのであれば、私が勝つ。それはエンターテインメントとしては面白くないだろう。少しくらいは抵抗してくれた方が面白いというものさ!」

「ならなんでわたしだけなんです」

「君が1番壊れにくそうだからだよ」


 :うわぁ

 :草

 :EXってのはこんなのばっかか!

 :そうだよ

 :アメリカの織野華と言われてんだぞ

 :ハンバーガーキチに常識を期待するな

 :アメリカ1番の常識人は女王様だからな!

 :お前ら詳しいな

 :世界探索者名鑑に載ってるゾ

 :絶賛協会から発売中だ!

 :宣伝!!


「あっ、その名鑑書くの手伝ったなぁ」


 :草

 :どうりで織野華だけ紹介文がねっとりしてて気持ち悪いわけだよ

 :なにしてんだ

 :てか、そんなこと言ってる暇じゃねえ!!

 :前見ろ、前!


 目の前に壁が迫っていた。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る