第48話 遺物

 ハイジャック犯たちは、とりあえず飛行機後方に全員縛っておいてアメリカで協会に引き渡すことになった。


「まったくふがいない連中じゃのう。襲うなら新しい魔術くらい持ってこいというのに」

「それできるのるみるみさんくらいでしょう。僕としては問題なく解決できたことに驚きですよ。魔力操作に妨害がかかってて身体強化とかできないのに、どうなってるんですか。あの2人は」

「リーマンさんが言いたいことはわかるけど、まあSランクの探索者からだいたい常人の常識は通用しなくなるからねー。それを言うなら魔力妨害中にスキル使ってたことだけど」

「思い込めばいけましたね」

「おかしいですわ……」

「メイドと同じかもね」

「メイド様はEXに近い側のSランクですから、リーマン様もとなると……」

「あー、そりゃヤバイわけだ。益々お近づきになりたくないですね。あと僕は普通だよ」

「思い込みで妨害突破できる人は十分人外側だと思います」


 EXばかりがもてはやされる傾向にあるが、Sランクだって十分に常識外れではあるのだ。人類最高峰の実力は伊達ではない。

 さらに言えば、Sランクの中でもEXに近い人外と普通のSランクという非公式の区分けも存在している。


 今、ついてきているメイドはEXに近い人外のSランクだ。ここまで来るとEX基準さえ満たせばEX認定されることができる。

 メイド本人はどうにもEXになりたいとは思っていないために基準をクリアするつもりはないようである。


 兼業リーマンもダンジョン到達階層数と滞在時間が基準以下であるからBランクに止まっているが、能力的にはSランクでも問題はないタイプだ。

 Bランクからは昇級に到達階層とダンジョン滞在時間が出てくるから上げにくいのである。


「おや、リーマン様。どうぞ遠慮なくお近づきになってメイドになってください」

「お断りします」

「では、メイドor死のどちらかを選べと選択を突きつけましょう」

「この人ほんとどうにかして」

「命令受諾。メイドはん、とりあえずコンベンションが終わってから話し合えば良いんやないかな? コンベンションで恩でも売れば断れんやろ」

「それは良い案です」

「本人の前で言っちゃダメだと思いますけどねー」

「僕は恩では動かないですよ」

「では、あなたの会社に働きかけましょう。ご安心を、デキるメイドは会社の一つや二つどうにかできるだけの力があります」

「それは卑怯でしょう!?」

「兼業があだになってますねぇ」


 わたしは専業探索者だが、天岩戸業務と兼業しているともいえる。

 そうなると兼業リーマンの状況は未来の自分でも起こりうる光景としてあまり居心地のよいものではない。

 そろそろ助け船を出すとしよう。わたしたちは日本代表としてこれから数週間アメリカで戦うのだから、仲間割れをしている暇などないのである。


「まあまあ、嫌がってますしね」

「では、あなたをメイドにしましょう」

「あっ、こっち来た。メイドかぁ……。ひとつ聞きたいんですけど良いです?」

「どうぞ。好きなメイドはクラシックメイドです」

「好きなメイドは聞いてないんですけど、とりあえず好きなメイドはエッチなメイドです」

「なるほど。それもまたメイドですね」

「るみるみ様? もしかしなくてもやっぱり痴女……? 普段から変な服ばかり着てますし」

「痴女服ですね。本当に良くもまあ、あんなもの着れると思いますよ、僕」


 断じて違う。

 ただエッチなメイドさんはお得だなと思っているだけである。

 断じてエッチな、部分が好きというわけではない。つまりわたしは痴女ではない。


 服装だって、好きで着ているわけではない。ちゃんと数字という実益の為である。

 あと静香がああいう服を作ってくるからだ。もちろん、静香の趣味というわけでもない。ああいう服を作るのが好きだと思われるのは静香の名誉にかかわるからここは断固として否定しておく。


 スキルレベルと素材のレベルを比較してちゃんとエッチ痴女衣装になるような素材を渡しているため、じゃなくて静香の修行の為である。

 断じて痴女服を好んできているわけではない。断じて。


「親友の修行の為ですよ。話がそれましたから本筋に戻しますけど。メイドさん、何か遺物持ってますよね」

「……」


 にこりとメイドさんが微笑んだ。


「はい。持っていますよ。人を自分好みに変える遺物です」

「それで反メイド連盟みたいな人たちを生んだと」

「素直にメイドになってくださる方には使っていませんよ」

「その割にはそこのメイドお嬢様はメイドっぽくないですけど」

「いいえ、彼女はメイドです。メイドとは様々な形があるもの。メイドお嬢様なる道を歩む彼女だけのものです。メイド最高。それこそが世界の真理です。まあ、物理的なことを言いますと使用回数が決まっていますのでおいそれと使えないというだけです。良識ある人には使いませんよ」


 使用回数制限のある遺物で、人を自分好みに変える遺物。なお、他人を強化可能。

 わたしの中にある知識に引っ掛かるものがあった。


「もしかして……それケイレゾン・ミスカレアの魔導書とか言いませんか?」


 ピクリとメイドがにこやかながらも肩が揺れた。正解のようだ。


 ケイレゾン・ミスカレアの魔導書。

 わたしも成り代わったことのある最弱の国家筆頭宮廷魔術師ケイレゾン・ミスカレアがしたためた魔導書が、数百年かけてダンジョンの魔力を吸収し遺物となったものだ。


 その効果は人の改造。相手のパラメーターなどなどを自分の思う通りに変更できるののだ。

 もっぱら魔術師の魔導管改造に使用される。ケイレゾンはケイレゾン法という魔術師を強化するためのものであったはずだ。


 わたしはこれでも結構遺物には詳しい。前世で遺物使いアーベント・ナハトノッテという冒険者に成り代わっていたことがあるからだ。

 遺物はダンジョンで生まれるものと、ダンジョンに持ち込まれたものが数百年の年月をかけてダンジョンの魔力に被爆した結果、遺物としての力を持つようになったものの2種類。


 ケイレゾン・ミスカレアの魔導書は、アーベントとなったわたしが見つけたお気に入りの一品だった。


 日本でも異世界で見たような遺物は見つかっていたから、もしかしてと言ってみたわけだがまさかのドンピシャ正解でわたしとしては少し複雑というか疑問を新たにした。

 異世界の遺物とこの世界での遺物。同じものがどうして見つかるのか。わたしという存在が転生してきたことと何かしら関係があるのか。


 そんなわたしの考えを遮ったのは田中の疑問符だ。


「るみるみ様、ケイレゾン・ミスカレアの魔導書とはなんなんですの?」

「ああ、簡単に言うと、使った相手を改造できる遺物。それで相手をメイドに変えていたようです。ついでに魔導管もいじってだいぶ地力を向上させたりしていたようですね」

「詳しいですね。流石は次期メイドと言ったところでしょうか。さあ、メイドになりましょう」

「目標は織野華なので、メイドさんが織野華に勝ったらなりますよ」

「無茶を仰る。メイドにもできないことがあります。メイドは己を知るものですから」

「残念ですねぇ」

「まったくです」


 織野華は別格だ。

 最強探索者大国とまで言われるアメリカ合衆国のEXたちを相手に1人で互角の戦いをしたくらいだ。

 彼女こそ現代最強の探索者。それでこそわたしが目指す剣の持ち主と鼻が高い。


 さて、そんなこんな諸々の事件があったものの然したる被害もなくわたしたちはアメリカへと到着するのであった。


 10時間のフライトを終えロサンゼルス空港に降り立ったわたしたちは、二宮金三郎とついでにわたしの渡米を聞きつけてきた大手クランの探索者やら記者団やらを躱しながらホテルへと向かう流れとなっていたわけであるが――。


「はーーっはっはっはっは! 来たなジャパニーズ! 好きなハンバーガーはなんだ?」


 降り立つのと同時にアメリカ最強がわたしたちの前に立ちふさがっていた。


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