第21話 天岩戸

 わたしを乗せた黒塗りの車がやってきたのは日本ダンジョン探索協会本部である。

 現代アートデザイナーにデザインを頼んだ本部の建物は先鋭的で開放的である。

 何のためにあるのかわからないオブジェクトがエントランス中央に鎮座ましましていて、利用者になんだかよくわからない感想を抱かせる。


 わたしはそのよくわからないオブジェクトの横を通り過ぎてエレベーターに乗り込んだ。設置されていたIDカードをリーダーに通す。

 この瞬間がわたしは地味に好きである。がこんとレーンが切り替わると同時にエレベーターは地下へと降りて行く。


 エレベーターから降りると廊下があり、廊下の先の扉は会議室になっている。

 円卓が置かれた会議室で、壁は一面が液晶になっていて常に誰かの趣味で映像が映されるのが決まりであった。

 殺風景な会議室を嫌った人がいたらしい。今は海の中の綺麗な映像が映し出されている。


 円卓には既にわたし以外が座っていた。

 といってもわたしを含めてここにいるのは5人だけで、他の8人はホログラムを用いたリモートでの参加だ。

 みんな好き勝手なアバターを使っている。樽だとか、ゴリラだとか、変なキューブみたいなのもある。


「来たか、インビジブルエッジ。怪我をしているのにすまないね」


 そういったのは第I席に座るサングラスの男だ。

 普通の中年男性のようであるが、これで第I席に座っている男だ。

 IからIII席まではほとんどが強さ順ではない天岩戸の中でも例外。強さによって決められた席だからこの中で1番強いのが彼である。

 コードネームも彼が決めている。決めなくていいのに決めている。彼の趣味である。呼ばないと怒る。


「いいえ、大丈夫です。1週間くらいで治りますし」

「そうか。それならいい。かけてくれ」


 言われた通り、わたしの席に座る。


「はっ、最後にご登場なんて随分と良いご身分じゃない。まあ? 遅刻しなかったことだけは褒めてあげるわ」


 隣に座っていたXII席が敵意を向けてきている。わたしはいつものことなのでスルーすることにした。

 猫に噛みつかれているようなものである。ツインテールをしばっているリボンが兎耳っぽくなっているのもあって、本当にかわいらしいものである。


 彼女がこの前、一緒に首飾りの任務で一緒だったラビットウォークだ。

 天岩戸のXII席。わたしよりも数年先輩である。わたしが入るまでは最年少の隊員だったらしい。

 そのせいなのか、何かと絡んでくることが多い。


「ちょっと、無視すんじゃないわよ!」

「…………」

「聞いてんの!? ねえ、ちょっと! アタシを聞こえてるでしょ! 無視すんな!」

「…………」

「ねえ、無視しないでよ、ぐす……」


 相変わらず彼女は無視されるとソッコーで泣く。それがかわいくてついいじめてしまうのはわたしの悪癖であろう。

 仕方ない、本部に来ると常に絡んでくるし、SNSの既読を無視すると連続投降してくるし、それも無視してると泣くのだ。

 それがまたかわいい様なので、ついついいじわるしてしまう。


「はいはい、無視しませんよ。ただ隊長が話したそうなので黙ってただけですって」

「むぅー」

「というわけで隊長どうぞ」

「はい、ありがと。それじゃあ会議を始めようか。今日呼んだのは他でもない、魔人の動きが活発になっている」


 周囲の画面にグラフなどの資料が表示される。

 なぜかわたしの配信の切り抜きまであった、何故。


「それは頻発するイレギュラーと関係があるのかい、坊や」


 隊長の言葉に質問を返したのは第II席に座っている老婆である。かなりの高齢であるが、背は曲がらずこの場にいる誰よりも強い覇気を纏っている。

 彼女にかかれば隊長ですら坊や扱いだ。それでも強さは認めているためII席に座っているのだとか。

 呼び名はモンストレス。その名の通り怪物のような女性である。


「ある、詳しくはワンショットが説明する」


 隊長の言葉に立ち上がったのは、几帳面そうな眼鏡の男。

 第IX席ワンショット。探索者としては珍しい、銃器を使うガンナーだ。この中で唯一手放しに尊敬できる先輩である。

 彼が手元のコンソールを操作すると画面が切り替わる。


「今月に入ってからイレギュラーの発生件数をまとめたものです」


 今月に入ってからの魔人の発見件数とイレギュラー発生件数が比例していることがわかる。

 何か関係があると言っているようなものだろう。


「さらにこれです」

「うひっ」


 わたしの配信がでかでかと画面に映し出される。

 あまりにも急に映すものだから思わず変な声が出てしまった。


「いやー、これいつ見てもすごい衣装だよねぇ」

「風邪ひかないか心配になるねぇ」

「ぐぬぬぬ……アタシだって……」

「わ、ワンさん、どうしてわたしの配信出してるんですか」

「二重の魔力異常ですよ。どう考えてもあり得ない。ダンジョンが発生してから50年。世界中で魔力異常は観測されていましたが、連続して起きたことは1度たりともありません。インビジブルエッジ、何か気が付いたことは?」

「あー……嫌な気配はしました。魔人かは確定できませんけど」


 確かに魔力変動が起きて、異常が発生するまでの短い間に嫌な気配を感じたのは確かだ。

 それが魔人のそれだと確信はないが、あの場所で感じる嫌な気配はモンスターか魔人くらいだ。

 モンスターなら襲ってきただろうが、襲ってこずに傍観後に消えたとなると十中八九魔人だ。


「魔人が人為的に魔力異常を起こす方法を見つけたってのかい?」


 モンストレスが神妙な顔で言う。


「状況から見てそうとしか考えられないでしょう。あるいはこれが今まで起きていなかっただけで、この時偶然、連続して魔力異常が起きたというだけならば良いのですが」

「まあ、ありえないよねぇ」


 隊長がやれやれという風に背もたれにもたれかかる。


「でも魔人はどうしてイレギュラーを起こすのやら」

「それについては調査中ですが、人為的に魔力異常が起こせるということはいつでもダンジョン内でイレギュラーモンスターを呼びだし探索者を襲わせることができるということ」

「怖い怖い。魔人狩りに出てイレギュラーモンスターとやり合わされるなんざ、やってられないねぇ」


 イレギュラーモンスターを好き勝手に呼び出せることと同義であるから、確かに太刀打ちできない探索者にとっては危険すぎる。


「そもそも魔人については未だにわかっていないことが多いからね」


 魔人が最初に現れたのは20年前だ。

 ダンジョンが生まれてから30年たったある日、魔人と呼ばれる存在は現れた。

 モンスターにしか許されない強大な力である異能を操り、探索者を超えた力を発揮して魔人は遊びのように殺人や破壊を行った。


 捕まえた魔人たちは一様に頭の中で声がすると言っている。人間を殺せ、破壊しろ、と。

 研究者はモンスターの血を飲んだことによる作用ではないかと推測しているが、本当のところはわからない。

 結局のところ、どれほど調査しても目的は不明。

 この3年、捕まえたり粛清して数は減らしたが、どこに潜んでいるのか魔人はまだまだ国内外に多く存在している。


「ここ3年で潰し過ぎちゃったかなぁ、僕たち仕事しすぎた? そのせいでまとまって動き出したとかありそうじゃない?」

「わたしにまとまった休みをください、隊長」

「これでも結構気を遣って任務を振ったよ、僕。だって中学卒業したばっかの子だったし」

「気を遣った結果が休みなく色々なダンジョンに潜らせ、挙句外国派遣と」

「はっはっは」


 それで報酬が現物支給だったりするから困ったものだ。

 もっともわたしも強い魔人と戦えるからいいやーなどと思っていたのだが。


「それで? 一体どうするつもりだい、坊や」

「まあ、調査だよね。上からは、この仮説人為的魔力異常の調査をしろって言われたよ。みんな各地のダンジョンでイレギュラーが起きたら急行して、魔人の関与がないか調査よろしく。というわけで、今回は解散。あっ、インビジブルエッジは残ってね」


 まさかの居残りである。

 さっさと帰ろうと思ったのに。


「きぃぃ!」


 ラビットウォークが羨まし気に睨んできている。

 別に居残りが良いことかもわからないというのに。なんだか特別っぽそうからという理由で僻んでいるに違いない。


 みなが退出した後隊長がわたしのところへやってくる。


「君、配信始めたんだ」

「まあ、目標が見つかったので、最短で行くには配信するのが1番だったというか。不味かったり?」

「それは良いよ、別に。魔人とか、僕らのことばらしてないし」

「それは良かった。やめろって言われたらこっち辞めてたところですよ」

「それは勘弁してほしいなぁ。僕らの仕事が大変になっちゃうし」

「探知レーダーとしての役割じゃないですか。頑張って探ってくださいよ」

「無理ーむーりー。僕らは君みたいに魔力で魔人を察知とかできないから!」

「それで? 配信についてだけじゃないですよね、隊長」

「ああ、うん。そう。はい、君だけ別任務」

「えぇ……」

「仕方ないでしょ、上が言ったことなんだから」


 それをどうにかこうにかするのが隊長の仕事なのではと思わなくもないが、ともかく任務詳細を見る。


「……マジで」

「マジ」

「えぇ……」

「仕方ないね、君色々配信でやっちゃったから。協会はそれをうまーく使うつもりらしいよ」

「うへぇ……」

「じゃ、そういうことだから頑張ってね」

「せめてもう1人くらい連れて行っても?」

「うーん、ラビットウォークならいいよ」

「キャラ的にも大丈夫そうなので、OKです」


 わたしの次の配信内容が決まった瞬間であった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る