第6話 イレギュラードラゴン

 ドラゴン。

 異世界においてその名は最強の代名詞である。

 異世界最高硬度の金属を鍛え上げられたアダマン魔術金属製の聖剣の一撃にすら耐えうる鱗を持ち、その牙と爪は帝国に1000年の繁栄を約束した不壊の大北壁結界をも切り裂く。

 息吹1つで街が消し飛び、羽ばたきがすれば国が滅ぶとまで言われるモンスター。


 幸いなことに現れたのは異世界において上記通り最強を欲しいがままにする老齢なドラゴンではなく若い個体だ。

 発生したばかりなので当たり前だが、これでエルダー級のドラゴンが出てきたのなら、それはもうダンジョンの崩壊と世界の終焉を意味していたことだろう。


 咆哮を上げる小さな島でも背負ったかのような岩山ロックマウント種のドラゴン。

 まさしくその姿はモンスターの王と言っても過言ではない。

 ただそこにあるだけであらゆる全てを威圧し、動けないはずの木々ですらドラゴンの前を避けていく。

 

 :ドラゴンだあああああ!?

 ;ぎゃああああああ!?

 :やべえええええ!?

 :逃げるでござるよー!

 :これは、死んだな……

 :あーあ


 コメント欄は阿鼻叫喚である。

 誰もわたしが死ぬことしか考えていない。

 というのもそれは当然のことである。魔術師にとってドラゴンという生き物は果てしなく相性が悪い。


 ドラゴンの竜鱗が持つ普遍的な特性の中には、魔術に対する耐性というものがあるのだ。並大抵の魔術は効かない。

 基本的にドラゴンの力以上の魔術でもない限り、その鱗の下に攻撃を通すことはできない。つまり人間にとっては不可能と同義。


 異世界でもドラゴンには魔術は効かない扱いで、魔術だけでドラゴンを倒した者は魔王様くらいである。

 流石のわたしも魔王様の真似事はできない。ドッペルゲンガー時代でもどうしても真似できなかった唯一の存在だ。

 あれはもう真似とかそういう次元に考えることができない。生き物としての規格が違いすぎて、変化すらできない存在なのだ。


「まさかのドラゴンの出現ですね。ロックマウントドラゴン。岩山竜と呼ばれる種でしたっけ。大地を背負って進む四足の地竜の一種って話の」


 :説明してる場合かー!?

 :なんで余裕なの!?

 :諦めたか?

 :やばいって、早く逃げろって!

 :さあ、楽しくなってまいりました

 :楽しくねえからー!

 :死亡事故配信はもう見たくないのよ……

 :頼むから早く逃げて……


「まあ、安心してください。倒せないわけじゃないんで」


 ドラゴンに魔術が効かないのは本当だ。

 人間の出力では、ドラゴンの竜鱗の耐性を抜くことはできない。特にロックマウントドラゴンは防御力に定評があるのだ。

 あらゆる攻撃は彼の前には無意味とすら称されたことすらある。


 ただ、殺せないわけではない。

 殺せないのであれば、異世界なんてドラゴンに滅ぼされている。

 わたしが人間という生き物を尊敬しているところは、困難に直面しても必ず何かしらの対策を作り上げることだ。

 どれほど時間がかかろうとも、世代を経て前に進む。


 そんな人間の魔術師たちが、数千年にも及ぶドラゴンとの戦いにおいて役立たずで終わることを良しとしたわけがない。

 異世界の魔術師はドラゴンをなんとかする手段を構築していた。

 そしてわたしはドッペルゲンガーだった。


「見せてやりましょうか、魔術師によるドラゴン討伐ってやつを!」


 わたしは両手を合わせた。

 牽制に幾らかの魔術を放ちながら、魔力を圧縮していく。


 :なんかこの子やべぇことしてない?

 :俺の感知スキルが狂った魔力数値告げてくるんだけど!?!?

 :なんだってぇー!?

 :ちなスキル名は?

 :リハクの目

 :節穴じゃねーか!!

 :節穴でもわかるレベルってことぉ!?


 圧縮に圧縮を加え魔力が可視化するほどまでに量と密度を高めていく。ここまで来れば魔力を見る眼のない一般人にも魔力が見える。

 形は剣。あの日見た勇者の剣を形だけでも再現する。


 重さ、バランス――斬られた首から判断。

 装飾、刃――焼きついた記憶から再現。

 加護――再現不可。

 代案――魔力圧縮にて性能凌駕で対応。

 剣技――再現途上。果てはない。


 魔力コントロールで、拡散しようとする魔力を残らず手の中に留めて圧縮する。

 水の中に入れた砂糖を溶けないように手で固めるかのような無茶なことをやっているが、ドッペルゲンガーであったわたしには問題ない。最高峰の竜殺しの技術を修得している。


 圧縮の過程でキィィィィンという高音が生じる。

 それでも圧縮。

 ついに青白い透明に色づく魔力剣が完成する。


 :なんか剣でたぁぁ!?

 :なにそれぇ!!

 :まさか近接を挑むのか!?

 :嘘でしょおおおおおおお!?!?!?!?

 :なんかでたでござるううう!?


「GRAAAAAAAAA!」


 わたしの魔力を感じ取ったのかロックマウントドラゴンが視線をわたしに向ける。

 それだけで、わたしが周囲に張り巡らせていた100層の魔力シールドの9割が砕け、わたしの周囲が圧力に陥没する。


「ブレスにしておけばよかったのに」


 少なくとも今の魔力圧縮状態では、ドラゴンブレスは防げない。視線ではなくそちらを向けてきたのなら、わたしは死んでいた。

 しかし、わたしは生き残った。若いドラゴンは自分以外の生命を舐めているからブレスなど吐かない。そう予測していたが、見事的中。

 おかげで剣の準備完了だ。


「行くよ、5000年に及ぶ人間とドラゴンの戦いの歴史の集大成……味わってみると良い」


 わたしも味わった。その素晴らしさをわけてあげる。

 身体強化最大。ロックマウントドラゴンへ最速で接近する。


 地竜種はドラゴンの中では鈍重であるため、わたしの最高速度なら攻撃前に接近できる。

 そのままの勢いでロックマウントドラゴンの片足へ魔力剣を振るった。


「GAAAAAAAAAA!!」


 最強種の悲鳴がこだまする。

 わたしの振るった剣は、ロックマウントドラゴンが纏う岩と竜鱗をものともせず、ビルくらいあるその片脚を斬り落とした。

 この動きはかつて数多のドラゴンを屠って来たドラゴンスレイヤーのものだ。


「うん、まあまあだ」


 あの日の剣には遠く及ばないが、ドラゴンを倒すには十分であろう出来だ。


 :脚を斬ったぁぁぁ!?

 :斬った? 斬ったぁぁぁぁ!?!?!?

 :なんでござるかその剣はぁぁぁ!?

 :すげぇ!!!!

 :今来た、どんな状況?

 :新人魔術師がイレギュラーで出現したロックマウントドラゴンの片足を斬り落とした

 :なんて?


 コメントが凄まじい速度で流れていく。同接も気がつけば5万を超えてどんどん上昇していく。

 イレギュラー様々だ。

 運も良い。ロックマウントドラゴンは、地を這う4足の種で飛ばれる心配もない。

 このまま削っていけば倒せる。


「GRAAAAAAA!!」

「まあ、そんな簡単なわけないよね」


 斬り落とした脚は、斬った瞬間から再生を開始している。瞬きの間に脚は元通りだ。

 ドラゴンの莫大な生命力による再生。あらゆるドラゴンに標準搭載された性質だ。


 さらにロックマウントドラゴンは己に備わった異能を行使する。

 大地が王の命令を受け、狼藉者であるわたしに天誅を下さんと触手のように迫り来る。

 その数は100は下らない。さらにはブレスまで。


「でも今更遅いよ」


 わたしが目指しているのは、あの日の剣ならば――。


 魔力剣を片手にわたしは疾走する。

 岩石触手を潜り抜け、時には斬り払いロックマウントドラゴンの懐へと飛び込む。


「思い出せ、あの日の剣を。忘れるな、わたしの研鑽を――」


 ドッペルゲンガーとして成り代わるために技術を磨いた。

 転生してからはあの日、わたしを殺した美しい剣を真似するために研鑽を積んできた。


 踏み込み、腰、肩腕、手、全身を連動を全力で魔力剣を振り抜く。


 斬、と剣が哭いた。


「ああ、まだまだ遠いな」

「GRAAAAAAA!」


 ロックマウントドラゴンの四足が飛ぶ。

 あの剣ならばこれで終わっていたことだろう。四肢しか落とせなかったわたしの不明を悔やむばかりだ。

 すぐに再生が始まる。


 しかし、一瞬、足を失ったことで生じるわずかな間隙。

 その巨体は宙に浮き、地面に落ちる。ロックマウントドラゴンの動きが一瞬だけ止まった。

 逆にコメントは高速で流れ始めた。


 :ええええええええええ!?!?!?!

 :はあああああああああ!?

 :なんじゃあああああ!?

 :やべえええええ!?

 :これは、現実か?

 :でも、これだけじゃドラゴンは死なんだろ


 コメントの言う通り、斬られた四肢は再生を始めているし、異能がすぐさまその巨体を支えようとしている。

 わたしはそれよりも速くロックマウントドラゴンの背を疾走していた。

 竜鱗走りというドラゴンスレイヤーの基本技術だ。


 背を渡り、首へと至る。

 異能が自らの身体を支えようとわたしから意識を逸らすこの刹那の時こそ、唯一無二の好機。

 そのままさくりと首に剣を差し込む。


「GAAAAAAA!」


 咆哮。

 魔力シールドで防いだが、やはり一瞬しか持たない。

 異能が起動し、岩石の槍が四方八方からわたしを狙う。

 そのすべてを魔術と魔力シールドで防御。


 どれもこれも一瞬の時間を稼ぐことにしか使えない。だが、一瞬で良い。

 わたしの圧縮した魔力剣は、岩石も竜鱗も、ものともせずに入る。

 ここまで来れば、もうわたしの勝ちだ。


「解!」


 剣の形に圧縮した魔力を解き放った。

 圧縮されていた魔力の剣は一瞬で膨張し、ロックマウントドラゴンの首を切断した。


 :うぎゃあああああああ!?

 :ポロリしたあああああああ!!!

 :すげええええええ!

 :もはや何したかわかんねえええええ!


 それでも再生をしようとするため、その再生を阻害するように魔力で首をパックする。


「ふぅ……あとはドラゴンハートを取り出すだけ」


 ドラゴンの生命力は果てしなく、首を斬られようとも再生する。

 その再生を魔力で固めて阻害しながら、コアを破壊するというのが異世界の魔術師によるドラゴンキラーだ。


「はい、おしまい」


 わたしはロックマウントドラゴンの心臓を魔力剣で取り出す。

 あたりに渦巻いていた魔力が風船が破裂するように霧散し、森に静けさが戻った。


 :本当にドラゴンを倒しやがった……

 :なんで心臓取り出せてるの? そっからでも再生するのに……

 :大型新人過ぎる……

 :本当にEランクか?

 :何者なんだ、この下着痴女は

 :とりあえずチャンネル登録してこうぜ

 

 活気づくコメント欄。

 SNSでもイレギュラードラゴンに立ち向かう下着痴女だとかで、大バズり。

 同接は10万を超えて、チャンネル登録者数は40万人を突破。DXの方も同じくらいにはフォロワー数が伸びている。


「ふぅ、流石にドラゴンを倒して疲れたので、今日の配信はここまでにします! 次回こそ下層、それから深層まで行くのでチャンネル登録お願いしまーす!」


 わたしはそう告げて配信を切った。

 気分は上々。結果も良い。


「配信切ったので隠れてないで出てきたどうです、隊長?」


 ただ協会の仕事仲間がここに来ていなければ、もっと良かった。


「仕事の時間だ、インビジブルエッジ」


 樹の影から現れた男は、わたしにそう言った。

 

 

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