第17話 梅雨の日

  

 葵祭の一件から一ヶ月後。ちゅうじんは仕事で忙しい多田に代わって、近くのスーパーへ買い物に来ていた。事前に渡されたメモを見ながらスーパーを回っていくちゅうじん。もちろん、今の姿は人間に擬態したうーたんだ。


「えっと、キャベツとにんじんは買ったから……後は」


 次々と目当てのものを見つけてはかごの中に入れていくが、その中には頼まれていないものも入っている。


 せっかく来たんだし、ご褒美に何か買っても良いよな!


 後先考えずにお菓子やら夜食など、自分の欲しいものをカゴに入れていったちゅうじんは、会計ブースに向かった。初めてレジに並ぶので緊張しているのか、やけにそわそわしている。上手くできるだろうか、自分が怪しく見えないだろうか、と思いながら順番を待っていると、店員に声をかけられた。


「次の方どうぞー」

「は、はい!」


 思ったよりも大きな声が出たのか、自分の声にびっくりするちゅうじん。多田に教えてもらった通りにやれば大丈夫だと思いながら、買い物かごを店員に預ける。店員が順番にパーコードレジスターに商品を通していくのを見つめながら、まだかまだかとお金を払う瞬間を待つ。

 数十秒後、液晶に表示された金額を店員さんが読み上げた。金額は七千八百八十円と、普通の買い物にしてはやけに多い。ちゅうじんは慌てて財布を開く。すると、その中には五千円札しか入っていなかった。これでは到底払えない。

 一気にちゅうじんの顔色が悪くなったのに気づいたのか、店員が声をかけてきた。


「だ、大丈夫ですか?」

「あー、えっと……」


 ちゅうじんはお金が足りないことを正直に言うべきか迷ってしまう。後ろには順番待ちのお客さんが並んでいる。


 言ったら絶対恥ずかしいし、言わなかったら他のお客さんに迷惑をかけてしまう……。どうしたらいいんだ……。


 ちゅうじんが考え込んでしまっていると、奥のレジから他の店員が出てきた。見た感じこのスーパーの店長のようだ。


「もしかして、お金が足りない感じかな?」

「あ、はい……」

「それなら要らないものを言ってくれたら、その分を商品棚に戻してくるから言ってごらん?」

「わ、分かったぞ。えっとまずは……」


 店長が優しい口調で話しかけてくれたのが効いたのか、ちゅうじんはお菓子類や夜食用の商品を買い物かごの中から取り除いてもらうように言う。それを聞いた店長は、商品を棚に戻しにその場を離れた。

 レジ打ち担当の店員が金額を改めて計算し直すと、金額が三千六百五十円に下がる。これなら余裕で払えそうだ。ちゅうじんは財布の中から五千円札を取り出すと、無事に会計を済ますことができた。


「お買い上げありがとうございました」

「さっきはすいませんでした」

「いえいえ、誰にでもそういうことはありますからね。次から気をつければいいんですよ」

「ありがとうございます!」


 そう店員さんに言われると、さっきまでの暗い顔はどこへやらいつもの明るいちゅうじんに戻ったのだった。最後にお礼を言い、ちゅうじんは持ってきたエコバッグに商品を詰めるとスーパーを出る。初めての買い物はこれで完了だ。


 さあ、帰ろう。


 来た道を戻ろうと歩いていると、突然空から何か冷たいものが降ってきた。それは段々と強さを増して、ちゅうじんの服が次第に濡れていく。

 

 とにかく、この冷たいやつから逃げないと。


 そう考えたちゅうじんは、近くに冷たいやつを防げるものがないかと周囲を見回す。すると、少し行った先にこの前お花見で行った公園があることを思い出した。すぐさまちゅうじんは公園に向かい、この冷たいやつを防げそうなドーム型の遊具の中に入る。


「ふう〜、とりあえず何とかなったぞ。……あ! 思い出した。この冷たいやつって確か雨ってやつだ」


 前に多田が言っていたことを思い出したちゅうじんは、これが雨なのだと再認識する。この雨というやつは急に降ってくるからおっかない。次第に雨足も強まってきているようで、ザァーという音が聞こえてくる。


 生憎と傘は持って来ていないし、このまま止むまで待とう。


 そう考えていると、後ろから何やら気配を感じた。このドームの中に自分以外の何かがいるとは思ってなかったちゅうじんは、恐る恐る後ろを振り向いてみる。すると、ちゅうじんの目線の先にはダンボールが置いてあった。


 何故、こんなところにダンボール? まさか危険物でも入ってるのか⁉︎


 取り敢えず中身を覗かないことには分からないので、そーっとダンボールに近づく。


「ばふ!」

「……え?」


 ダンボールの中を覗いてみると、そこには痩せこけた犬が。いや、犬と思われる動物がいた。


 何故こんな遊具の中に犬がいるんだ⁉︎ ……てか、ばふ! ってなんだ。今どきの犬はこんな鳴き声もするのか……?


 そう驚くちゅうじんだが、すぐにあることを思い出す。それは動物番組などでよく見かける犬だった。見た目的には二歳だろうか。ダンボールの中には一応、暖を取るための毛布が入っていた。


 ってことはこれドラマとかでよく見かける例のシーンと同じ状況なんじゃないのか⁉︎


 このとき、今まで憂鬱だったちゅうじんのテンションが密かに爆上がりした。試しに犬を抱き上げてみると、やはり見た目よりも細いことが分かる。これは捨てられてから何も食べていないのだろう。

 すると、犬が吠え出した。何事かと思って犬の視線を辿ってみると、そこには先ほど買ってきたものが入ったエコバックが。取り敢えず、その袋からキャベツを取り出して、一枚剥いて口元に持っていってやる。しかし、すぐにその手を引っ込めた。


 いや、確かこういう場合は先に水を与えてからの方が良いのでは? 


 ちゅうじんがどうするべきか唸っていると、いつの間にか雨が止んだようだ。取り敢えず、早くここから出ないといけない。今日は珍しく定時に帰れると多田が喜んでいたので、そろそろ帰ってくる頃だ。

 ちゅうじんが犬を抱えてドームから出ると、空には虹がかかっていた。初めて生で見るそれに感動していると、犬がまた吠え出す。早くご飯が食べたいのだろう。ちゅうじんは犬を毛布に包んでからキテレツ荘に向かった。勿論、エコバッグも忘れずに。




◇◆◇◆


「ただいまー!」

「おー、おかえり。えらく買い物に時間かかったな。ってその抱えてるものは何だ?」

「あー、えっと。それはだな……」


 多田は帰ってきたちゅうじんを見る。話す口調は優しそうに聞こえるが、その目は笑っていない。ちゅうじんはダラダラと汗を流しながら、公園で起きたことを話し始める。


「てなわけで連れて帰って来ちゃった!」

「連れて帰って来ちゃったじゃねえし! なんで、買い物頼んだら犬まで一緒に連れて帰ってくるんだよ⁉︎」

「……ごめんなさい」

「……まあ、幸いここのアパートは犬オッケーだから良いけどさ。取り敢えず、すぐに飼えるなんて思うなよ? 捨て犬だろうが飼うにも一度、保健所に行って手続きしなきゃならんからな」


 せっかく定時に帰れたのに何でこんなことになるんだと呟きながらも、多田は保健所に行く準備を始める。


 なんだかんだで優しいんだよな〜、多田って。


 ちゅうじんはそう思いながら、犬の頭を撫でるのだった。



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