第33話 何の為に

「行ってきます」


あれから3日、おばさんは本気だった。

いつも朝練なんて遅れて見に来るクセに格技場に俺より先に入り睨みを利かし、授業後は他の部員を別の場所まで連れて行き部活をする徹底ぶり、勿論防具や竹刀も部室から綺麗に消えていた。


4日目ついに俺は朝練に向かうことを諦めた。


「いってらっしゃい…………今日も練習長いの?」


「いや、すぐ帰るよ」


「そう。気をつけてね」


息子の帰りが嬉しくないのか、母さんの声がどこか弱々しい。


「あれ、優太くん?」


後ろから優美ちゃんに声をかけられる。


「おはよう」


「今日は朝練お休み?」


「そんなところかな」


「そっか・・・・・」


嬉しそうな優美ちゃんを余所に、俺は朝練に行かない違和感を抱いていた。


ただ時間だけが過ぎていく。おばさんとの約束の日が近づいているが気が付けば

俺は剣道が無い時間を楽しんでいた。


「優太くんまた明日」


「また明日」


・・・・・あの日が無ければ、クラスメイトと馬鹿やってこうして優美ちゃんと毎日喋りながら帰る。そんな日々が続いたのかな


目の前に迫る壁に対して俺は既に目を背けていた。


「うん?優太か」


あと少しで自宅のマンションというところで懐かしい人に声をかけられた。


「剣持先輩・・・・・」


華麗な制服に身を包んだ先輩と目が合う


「部活帰りか?」


「そんな、ところです」


「調子はどうだ?」


「まあまあですね」


「そうか」


俺が言葉を返すにつれ先輩の視線が痛くなった。


「まだ。体力に余裕はあるか?」


「えっ」


なにかを見透かした・・・・・そんな視線だった。


「少しなら」


「そうか。なら行くぞ」


手首を掴まれ力強く引っ張られる。行先は先輩の家だった。


その間先輩は一言も発さなかった。


先輩の家の仕切りを跨ぐと出迎えの人達が顔を出すが、なにかを察したように

先輩の行先に触れる人はいなかった。


(そうですよねやはり)


先輩の家の敷地にそびえる道場。


「あの、先輩・・・・・!?」


道場に入ると先輩は華麗な制服をなんのためらいもなく脱ぎ始める。


「ちょっと先輩!?なにして・・・・・」


「なにとはなんだ。道場でやることは1つであろうが」


「それが、俺いま胴着とかは・・・・・」


「隣の部屋に一式揃っておる。好きなのを使え」


胴着に着替え対峙する。自然と竹刀を構えていた。


「いつでも来るがよい」


久しぶりに感じる先輩の気迫に思わず足が竦む。


「来ないのなら、こちらから行くぞ!」


先輩が素早い身のこなしで迫ってくる


「面!」


ズバーン……………


振り下ろされた先輩の竹刀が道場を震わせる


(重い!!)


力強い一撃を放った先輩は直ぐ様連撃の体勢に移る。


(これは!あの時の!!)


力強い一撃からは想像しえない速さで二撃目が迫る。俺の反応が遅れる。


二撃目を辛うじて受け止める。


「クソ!」


「胴!!!」


「!?」


三撃目が俺の脇腹を突き、跪く。


「うぐっ」


胴着を超えて届く痛みに、俺は立ち上がれずにいる。


「どうした優太。こんなものか?」


先輩の竹刀は俺の姿を憐れんでいた


「貴様・・・・・ここ何日か鍛錬を怠っていただろう」


「!?」


「あれくらいで貴様が膝まつくなどまずありえん」


「・・・・・」


「なぜ怠った?」


「えっ」


「負けたのなら、何故次に同じ技が来た時のことを想定し鍛錬に励まなかった?」


「それは」


「それに私の今のやり方は貴様が以前相対した者よりは力不足なはずだ」


「先輩!なんでそのことを」


「風の噂でな、貴様が他校の練習試合で負けたとは聞いていた。それはよい、だがここまで落ちぶれているのは些か予想外であった」


「落ちぶれている?俺が?」


「現に、貴様はその対戦相手に力量的に劣る私に同じ挑まれ方をし負けた。それはつまりその敗北から貴様はなにも学ばなかったのであろう」


「なんで、先輩までそんなこと言うんですか?」


「・・・・・」


「俺だってなにも考えてないわけじゃない。なんで負けたのか考えた!その考えをなんで否定するんですか?」


モヤモヤと浮かぶ感情を竹刀に乗せ先輩にぶつける。


「先輩が築いた剣道部の実績を俺は無名の他校の生徒に一方的に負けて傷つけた。俺は先輩が築いた剣道部守り次に引き継ぐ為に俺は・・・・・」


「私はそんなことを貴様に頼んだ覚えはない!」


防戦一方だった先輩が一瞬の隙を見出して振り抜いた竹刀が俺の面を直撃する。なかんかの一撃に俺は尻をつく


「優太の思う剣道をこの部に残してくれ。・・・・・私はそう言ったはずだ!!貴様が描く剣道は力をただ力とし感情のままに振り抜くそういう剣道が貴様の思い描く剣道か?」


「!?」


「思い出せ優太!貴様は何の為に剣を振るおうと思ったのだ!」


「俺は・・・・・守りたい人がいて、二度とその人が怖い思いをしない為に」


「・・・・・・」


「俺が弱いせいで彼女が傷ついて涙を流す姿を見たくないんです」


「力に溺れた貴様を見てその子は喜ぶのか?」


「それは・・・・・」


「貴様の強さは、誰かを守りたいという思いで竹刀を振るえることだ。誰にでも出来そうで物凄く難しいこと・・・・・そんな貴様だからこそ私は貴様に剣の道を勧めたんだ」


「先輩・・・・・俺まだ間に合いますか?」


「それは優太次第だ」


「もう一本お願いします!」


「あぁ、納得いくまで付き合おう」


残された僅かな時間を先輩にぶつけ続けた。その日最後に見たのは先輩に肩で担がれながら帰宅した俺に驚く母さんのどこか嬉しそうな表情だった。

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