どうやら、俺と別れた次の日に元カノが記憶喪失したらしい。結果、前よりデレデレになってお付き合いを迫ってきます。

未(ひつじ)ぺあ

元カノが記憶喪失したらしい

第1話 別れ、そして記憶喪失


夏日なつひさん。――私、夏日さんのためにも、お互い別れた方がいいと思う」



ぶふぉっ。


唐突に彼女から言われ、俺、夏日奏なつひそうは飲んでいたジュースを盛大に噴き出した。



学校内で最もかわいいとされている先輩、一星叶いちぼしかなえ先輩と付き合って半年になる。


そして今日は丁度、俺の高校一年生、叶先輩の高校二年生の終業式だった。



でも、今、そんなことはどうでもよくて。


俺はただ、目の前で真剣な顔をした叶先輩を見つめ返すことしかできない。



――叶先輩は、誰もが認める超絶美人だ。


お人形さんのように整った顔立ち。

腰まで伸びた明るいブラウンの髪は、端麗な顔を愛らしく彩っている。

そして噂では、Gカップと囁かれる大きな胸。

すらりとパーカーから覗く細い足は、彼女が顔だけでなくスタイルもいい事を示している。


見た目だけではなく頭脳明晰でもあり、生徒会長を務めたり、学校中の誰からも信頼されている存在だ。


性格はクールで清楚、表情に感情はあまり出ないタイプ。


でも俺は、そんなおしとやかな先輩が大好きだった。


ひょんなときに顔に出る感情がかわいくて、数年間ただ一筋に先輩を想い続けていた。



そんな彼女は俺の部屋で、今まで見たこともないほど真面目な顔をして、スマホ片手に、でもまっすぐに俺を見ていた。



「……っ」


「夏日さん。私達、半年間、カレカノみたいなことほとんどしなかったでしょう? 学年も、違ったし」



そう、それは、そうだ。


言い返す言葉がなく、俺はただ唇を噛みしめた。



俺と叶先輩が付き合うことになったのは、半年前、叶先輩に密かな好意を寄せていた俺が告白したからである。


叶先輩を体育館裏に呼び出し、ドキドキして頭が真っ白になって、でも伝えたくて、拙い言葉で愛を伝えた。


今となっては思い出したくもない、あの俺の痴態。本当に、思い出したくもない。



―――確実にフラれるであろう、その時はそう思っていた。



何の接点もない後輩からいきなり呼び出され、訳の分からない、告白かすらも不明瞭な言葉の羅列を叫ばれる。それは恐怖でしかなかっただろう。


さらに相手は、これといった特徴のない男。


そんなやつの告白を受ける理由なんざ、学校一の美少女には何もなかったはずなのだ。



しかし、貧相で可哀そうな後輩を振ってはかわいそうだと、叶先輩の慈悲深い聖母のような優しさが働いたのだろう。


それに、丁度叶先輩がフリーだった奇跡も重なり、最終的に、恋の女神は俺にほほ笑んだ。



―――彼女は俺の告白に、天使のような微笑を浮かべ、よろこんで、と言った。



思えば、その時が叶先輩の表情が最も変化した時で、それ以降、彼女の笑顔を見る機会は少なかった。




走馬灯のように一瞬のうちに蘇った記憶。



俺は、ジュースを噴き出しただけでなく、ジュースが入っていたコップまで落とす。床にジュースの水たまりが広がるが、そんなことどうだってよかった。



確かに俺と叶先輩はこの半年間、デートらしいデートもせず、したのは学校で運よく目が合ったらはにかむ程度の関わりのみ。


強いて言うならば、連れだって二回ほど、家の近くを散歩した。でも、それだけ。


それ以外はハグすらも、手を繋ぐことすらしていない。指一本も、叶先輩に触れていない。


先輩はいつも、優しかったけど。本当は、早く別れたい、そう思っていたのかもしれない。




でもそれはやはり、学年が違うことが大きかったのだと、俺は自分に言い訳する。


叶先輩は四月から高校三年生。一方俺は、高校二年生になる。


たったの一年。でも、その一年の差は大きくて。


叶先輩の学年には、俺なんかより当然かっこいい人がたくさんいて。


それでも、俺が叶先輩のファンに妬まれなかったのは、そもそも俺と叶先輩が付き合っていることを、誰も知らなかったからだ。


裏を返すと、それくらい、俺たちの交際は曖昧なものだった。



叶先輩は生徒会長を務めていて、さらに学校一の人気者、友達も多く、ザ・リア充。


一方で俺は、特に秀でたところもない、ただの高校一年生。差は明らかだ。



確かに、今思えば、初めからおかしかったのだ。


俺と叶先輩、どうあがいたって並べるはず、ないのに。



恋の女神は俺に微笑んだのではない。ざまあみろ、お前なんかに幸せはこない、そう嘲笑したのだ。



……思えば、俺は叶先輩に一度も「好き」と言われたことがなかった。


……俺は叶先輩に一度も、下の名前で呼ばれたことがなかった。



「今日は、それを言いに来たの」



なるほど。


ぼんやりとにじむ視界の先、叶先輩が寂しそうな顔をしている気がしたが、きっと気のせいだろう。



嗚呼、付き合って初めて、急に叶先輩が俺の家に来たいとか言い出したのは、そういうわけだったのか。


そんなの……勝手にそわそわして、部屋中を掃除機かけたり、そういう展開になるかもといそいそアダルトグッズを購入してきた、俺がバカみたいじゃないか。



「私が……悪かった。奥手で、不器用で、夏日さんを満足させてあげられない私が、悪い」


「ぁ……」



何か言わないと、でも口が開かない。


叶先輩は、そんな俺を見て、少し気まずそうに目を逸らし、ゆっくりと立ち上がる。


ふわり、茶色のロングヘアが揺れる。綺麗だ、そう場違いに思う。



「今度は……、夏日さんを……するから。―――



最後に、叶先輩が何か言った気がしたが、俺はそれどころではない。


元々叶先輩も、返事など求めていなかったのだろう。その証拠に、次の瞬間、彼女が部屋から立ち去る音を聞いた。



俺は結局叶先輩を止めることもできず、こぼれたジュースで足を濡らしながらも、ぼうっと床に座り込んでいた。



―――気づけば部屋には、俺一人。



「ぅ……っ……くっ……あああぁあああ!!!」



俺は、叶先輩と別れたのだ。

叶先輩に、フラれたのだ。

それを、俺は、止められなかった。


脳が、その事実を、ようやく認識する。



「うああああ!!!!!!! うああぁぁあ……っっ!!!」



途端、せきをきったようにして、ぼろぼろと涙が頬を伝った。


今日は叶先輩とおうちデートだからと、適当な理由を付けて家族は家から追い出してあった。



「……ばっか、みてぇ……」



あの涼やかな微笑が好きだった。


優しい声で、夏日さん、と呼ぶ叶先輩が好きだった。


話す機会は本当に少なくて、この半年の中で指で数えられるくらいだったけど、その度に叶先輩と会話を交わせた、視線を交わらせられた、それだけで幸せだったんだ。



もっと、話したかった。手を繋いだり、ハグだって、キスだって、叶先輩の全てを独占したかった。


結局、一触れすらできなかった、叶先輩。



―――本当に、本気で、大好きだったのに。



その日、隣人が騒音迷惑だと家に押しかけてくるくらいの大声で、俺はずっと泣きさけんでいた。





△▼





そして、春休みが半分ほど経過した。



「春休みだっていうのに、だらだらと何ぼさっとしてんのよ! ほら、暇なら買い物行ってきてくれない?」



暗い部屋の中、ベッドに突っ伏していると、お母さんが怒声とともに部屋にずかずか入ってきた。


手元時計をのぞくと、いつも通り午後三時を過ぎた頃。


春休み初めに受けたダメージは、日を経ただけでは治る気配がない。



目の下にくまをつくって布団の隙間から顔を出す俺に、お母さんが毎度ながら怪訝げな顔をする。


あの日から全く眠れていないせいで、頭ががんがんする。体もだるいし。



「本当にあんた、何があったの? 最近は夜ご飯も食べずに……」


「何買ってこればいいわけ」



これ以上、傷を抉らないでほしい。


俺はぶっきらぼうにお買い物バッグをお母さんからひったくり、顔を逸らす。



「はぁ、全く、しゃんとしてなさいよ。もうすぐ高校二年生になるのよ?」


「ほっといてくれ」


「はぁ!? 何よその態度!?」



あの日の叶先輩の表情が浮かんでは消え、消えては浮かぶ。



……もう、どうでもいい気がしてきた。


叶先輩と出会ったその時から、ただひたすらに叶先輩を追ってきた数年だった。


でも、叶先輩が遠くへ行ってしまった今、俺はどうやって生きていけばいいんだろうか。



「買うものないなら行かないけど」


「はぁ……とにかく、今晩カレーにするから、その具材買ってきて。……全くあんたは、なんでいつもそうなの」



知らねえよ。悪かったな、いつもそんなやつで。



返事もせず、家を出る。


お母さんの大きなため息が、閉まりかけた玄関のドアの隙間から聞こえてきた。


ばたん、と、冷たい扉の閉まる音に、涙がこみ上げるのを必死にこらえる。



お母さんの優しささえも踏みにじる、自己中な俺。もう、最悪だ。



もう、叶先輩とは会えないだろう。というか、話しかけてくれもしないだろう。


俺が意気地なしなせいで、最愛の人を笑顔にすることなく、手放してしまった。



そんな俺に、もう希望なんて。




「……あのー」




ふらふらと玄関を出たところで、鈴を鳴らしたような可憐な声に呼び止められ、俺は立ち止まり、下げていた視線を、のろのろと上げる。



なんだ、やけに可愛らしい声だな。どこか叶先輩に似てる。


普通なら無視するところだが、本能というやつか。



俺は目の前に立つ人に焦点を定め。




「なん……ッッ!?!?」





―――直後、衝撃のあまり、ひゅっと息を呑んだ。





「は」





そこにいたのは。





「すみません。私、一星叶、っていう名前らしいんだけどっ。き、記憶喪失しちゃったみたいでっ。そこでキミと目が合って、そ、その……ななっ名前、聞いてもいいかなっ?!」






そこにいたのは、よりによって、別れたばかりの元カノ、叶先輩だった。



あの綺麗で長かった茶髪は、ばっさりと肩上まで切られていて。

整った顔には、恥ずかしげな色を。

抑揚のなかった声は、上ずった声に。




そして、さらに叶先輩は、記憶を喪失していたのだ。







◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─◇─







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