悲しいシスター

ボウガ

第1話

 ある村で不審死があいついだ。人々は、神にいのった。そしてシスターをたよった。名のある素晴らしいクリスチャンの家系の娘の長女。シスター〝アリア〟この村では、もっとも尊厳ある存在とは“容姿が美しい存在”である。そのシスターアリアは、数年前に妹“レーネ”をなくしていた。妹は喉が悪く、近づかなければ声がきこえない。そして難病をわずらっており、余命はわずかだった。そんな妹を彼女は必死で世話をした。家族さえも見捨てた妹を。


 人々は彼女をほめたたえた。まるで聖人のようだった。なぜなら妹は、とてつもなく醜い容姿をしていたのだ。


 だがシスターの事を心配してもいた。妹をなくしてからというもの、恋人との婚約を断ったり、時折おおきなミスをしたり、奇声をはっして奇妙な行動をとったりした。だが、このシスターの人となりはとてもよいので、人々は、彼女のことを心配していたのだ。


 人々は、シスターがよく妹の墓の前に佇んでいるのをみた。しかし、彼女はその墓の前でその人々を監視しながら、内心にやにやとしていた。人々は、シスターにならって妹に手を合わせた。しかし、妹が死ぬまでの人々の態度はひどいものだった。


 うごけない彼女をからかったり、卵をなげたり、車いすを蹴ったりした。シスターがおこるとやめたのだが、ばれないときには、そうしたいたずらが日常茶飯事だった。


 神父もそのことをしっていたが、仕方ないとも思う所はあった。というのも、妹がとても性格が悪いのだ。シスターの事を悪く言ったり、家族に恨み言をいったり、いじめた人間を呪ってやるといったり。神を信仰するものとは思えないセリフをはいたのだ。


 シスターは、そんな妹に頭をさげ、祈りをささげている人々を観察しては、ケラケラと笑うのが趣味だった。このシスター、本当に、人が変わってしまったかのようだった。それを目撃した人もいたが、あまりに妹を思うあまりにとりつかれたのだろうと心配するばかりだった。


 だが、人々は知らないのだ。彼女が皆の知るシスターではないことを。シスター〝アリア〟の脳裏に、彼女の妹が死ぬときの事は鮮明にのこっている。

 人々の記憶には、こうのこっている。

「どうか、報われないこの子の一生が、私が犠牲になることで報われるのなら、私はこの子の代わりになりたい」


 だが、内心ではその時、シスターは、神ではなく悪魔にいのった。

「どうか、報われないこの子の一生が、私が犠牲になることで報われるのなら、私はこの子の代わりになりたい」

 

その願いは悪魔に聞き入れられ、妹の死の直前、魂は入れ替わった。妹の方は、悪魔につげられたのだ。

「“憎むもの”を犠牲にしつづけることで、お前は姉の過ごしただろう一生の幸福を手に入れる事ができるだろう」


 村で不審死が多いのも、彼女の仕業である。彼女は、彼女を悪くいい、姉をよくいう人間を憎み、そして、ある真実をしっていた。意地の悪い村人たちはこう話すのだ。

「我々が神様に、あの醜い妹を殺すかわりに、あのシスターアリアが幸せであるように祈ったおかげだ、あの子はまるで悪魔のようだった」

「あの素晴らしい一族から、汚らわしい醜い子が生まれてはならない、この村の神は、他と少しちがう“美の神”なのだから」

 そのように意地の悪い人間を、地獄耳で聴き分けては、彼女は夜な夜な、悪魔にばけて、彼らを襲い、殺した。そうすることが、彼女が姉の体に憑依し生き延びる条件なのだから。


 だが、そうして生き延びるものの、妹“レーネ”は、自分を不幸に思うのだった。それは、姉であるアリアが自分を愛した理由でもあった。なんと、アリアは、実はとても性格が悪く、というより、アリアが“通訳”する“レーネ”のその性格こそが、アリアの性格そのものだったのだ。それでも妹“レーネ”は、姉を許し続けたし、村の人を許し続けて、アリアがいら立つ時には話をきき、“いかにしてふるまうべきか”“どういう場面でどういうべきか”“どうすればよい人と思われるか”というアドバイスをうけていた。そうして作り上げられた人格こそが姉“アリア”の人格だったのだった。


そう、レーネは、姉を愛しながらも、憎んでいたのである。そうして、最初に手をかけたのが、姉だった、悪魔に迫られたのだ。


 死にかけの白い病室の中で、姉が見下ろす、自分は死ぬのだ。と思った瞬間、姉の願いが響いた。


 そして、また真っ白な部屋へととばされた。そこには悪魔と、それをへだてて自分と姉がいた。悪魔が口をひらいた。

“死にたがる姉を殺して生き延びるか、それともこのまま死ぬのか”

姉は笑っていた。

“お前は、結局最後まで人を憎むことができないだろう?私は悪魔にいのった、しかし私は悪魔はこわくない、村の人たちが噂するように、お前の醜さは、悪魔そのものだからだ”

その言葉に、最初で最後の憎悪を感じた。つまりこの“悪魔への願い”そのものが、偽物の願いであり、悪意そのものだったのだ。悪魔は、自分に命じた。“選択せよ”そこで姉の魂を食らうことに成功し、姉はおそれ、おびえた表情をして、そして消えていった。


 それからレーネは姉のふりをして、時折ミスをし、わざと奔放にふるまったり、わざとメイクを失敗したりする。この村の人は、美しい人間であればいい、誰も気づきはしないのだから。


そして、彼女は、姉の言葉を思いだしながら、やりたくもない殺しに手を染めた。姉の姿とあの言葉を思い出すと、憎しみが腹の底からわきあがり、躊躇なく村人の命を奪える。あのとき、優しい彼女は初めておもったのだ。

「この世には、死すべき人間が存在する」

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悲しいシスター ボウガ @yumieimaru

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