第22錠 第三者視点〜乙姫夏編〜④



「みんな、ただいまー」


『………………ぇぁ?』



席に戻ると、ヒカリちゃんから寝惚けたような声が返って来た。


『今日ダンジョンに入った』と言っていたので、たぶん疲労で寝落ち寸前だったのかも。



「ヒカリちゃん、無理しないで寝ちゃっても良いからね」



そう言って視聴者さん達の【おかえりコメント】にザッと目を通した後、流しっぱなしにしていた記録ログに目を向けると、画面の中のヒカリちゃんは豪奢ごうしゃな扉の前に立っていた。


どうやらボス戦に入る前には戻って来れたみたい。


:ボス部屋まで来るの早かったな

:まあ、未登録だから生まれたてだろうし

:呆気ないけど、まぁしゃーない

:ダブルホルダーが見れただけで満足

:ボスは何が出るのかな?


いつも私のダンジョン配信を見ている視聴者さん達にはいささかスリルに欠ける映像かもしれないけど、ヒカリちゃんの身を案じている私としてはここからが本番だ。


未だに怪我らしい怪我をしていないのだから。





「そうよね」



ボス部屋の中でヒカリちゃんを待ち構えていたのは、ホブゴブリンだった。


【1級ダンジョン】では割とポピュラーなボスモンスター。


このダンジョンで出るとしたら、あとはビッグスライムくらいなので、ある程度予測は出来た。


:デッッ!

:身長差やっば

:こいつ嫌い、タフ過ぎるから

:くせぇしな

:ヒカリちゃんと相性悪くね?


これも視聴者さんの不安が的中。

開始早々、ホブゴブリンの力技で一瞬のうちに2体の人形がバラバラになってしまい、目に見えて狼狽うろたえるヒカリちゃん。


人形使いパペットマスターは無効化され、爆弾魔ボマーでチマチマ削るにしてもホブゴブリンはタフだから手間がかかる。



(これは長期戦になるかな?)


──そこまで考えて、怪訝な目を向ける。

ヒカリちゃんが、仁王立におうだちで両手を前に突き出していたからだ。



爆弾魔ボマーじゃ、ない?」


《【パワー薬】と【スピード薬】を10錠ずつ!》



──ヒカリちゃんの小さな手に、何も無い空間からカラフルなつぶが落ちて来る。


それは、まぎれもないだった。


:は?

:は?

:え、3つ目のギフト?

:ちょっと待って、わけわかランボルギーニ

:なにこれ?


チャット欄が、疑問符ぎもんふで埋め尽くされる。


誰も見た事が無いからだ。

なんて。



「ひ、ヒカリちゃん!ヒカリちゃーん!?」


『スゥ……スゥ……』



困惑したまま呼び掛ける私に、返って来たのは可愛らしい寝息だった。



「ヒカ──」



再度呼び掛けようとした瞬間、YARNヤーンが突然終話しゅうわになる。


たぶん、ヒカリちゃんの携帯の電池バッテリーが切れてアプリが落ちたのだろう。



《ふぁあぁあッ、高まるぅ……》



しばらく携帯を見つめて呆然としていると、ディスプレイから聞こえてきたヒカリちゃんの嬌声きょうせいに、ビクリと肩を揺らす。


何事かと急いで目を向けると、ほほ紅潮こうちょうさせたヒカリちゃんが、ホブゴブリンを見つめてケラケラと笑っている姿があった。


おちょぼのようだった小さな口が、はしまで裂けてしまったのではないかと錯覚するほどの、喜色満面きしょくまんめんな笑顔。


チラリと覗く八重歯やえば笑窪えくぼはチャーミングだけど、今はそんなところを見ている場合じゃない。


どう考えても、あのカラフルな粒ギフトのせいでこうなったのは、火を見るより明らかだった。


:ひぇっ

:あかん(アカン)

:アレ、ヤバいお薬?なんじゃ……?

:ドーピングロリや!完全にプッツンしとる!

:理性を解放するギフトか!?


もう頭はオーバーヒート寸前。

ダンジョン探索では冷静でいられても、ここまでの情報量は処理しきれないと、私の脳がさじを投げる。



「……?何をして──」



──それは、まばたきをする間の、ほんの一瞬の出来事だった。


ドン引きするホブゴブリンに対し、体をグッとしずめたヒカリちゃんは、わずか1歩で距離を詰めると、直接的な暴力とは無縁そうなその細腕で、ホブゴブリンのお腹を殴りつけていた。


それだけで、ホブゴブリンのお腹には大きな風穴が空き、数瞬すうしゅん遅れて破裂音が響き渡る。


……探索者として鍛えた私でさえ、どうにか見えた一連の流れだから、大多数の視聴者さん達には理解出来ていないと思う。


その証拠に、またもチャット欄では疑問符ぎもんふが乱立していた。



「私は、何を見せられたの……?」



ホブゴブリンがちりへと変わる場面を見届けながら、背もたれに体を預ける。


まるでビックリ箱のような記録ログだった。


ヒカリちゃんは『変な事があるか見て欲しい』と言っていたけど、未登録のダンジョンを見つけた事、それを駆け出しの探索者がソロで踏破とうはした事、ダブルホルダーかと思ったらトリプルホルダーだった事、オリジンとおぼしき最後のギフトの事……挙げればキリが無い。



「……でも、良かった。ヒカリちゃんに



そう呟いて胸をで下ろした後、切り替えるように視聴者さん達に笑みを向ける。



「太郎のみんなも、同時視聴お疲れさま!正直色んな意味で伝説の配信になっちゃったけど、ヒカリちゃんは配信者じゃないから個人情報は詮索せんさくしないようにしてね!」



同時視聴者数が凄い事になってるのをチラリと確認し、笑顔を保ったまましめの挨拶を行う。



「ヒカリちゃんも寝ちゃったので、今日の配信はここまで!話題はかすんでしまいましたが、100万人達成企画として明日から【主要都市を巡るダンジョン遠征配信】を行いますので、良かったら見に来てねっ!バイビー☆」



:我々は伝説の目撃者となったのだ

:酒呑み雑談配信が伝説になるとは……

:バイビー☆

:来るのが遅れた、配信記録アーカイブは残るのか!?

:バイビー☆


加速するチャット欄を流し見しながら、記録ログと配信を停止しようとした──そのとき。


ふと自分の言動に違和感を覚え、ヒカリちゃんの言葉が脳裏をかすめた。



(?……ヒカリちゃんは『怪我は大丈夫です』って言ったんだから、何かしら怪我を負ったはず。それに、から相談したいって……)


停止しようとしていた手を止め、記録ログにくまなく目をわす。


そして、見つけた。

映像の奥で揺らめく、金色の魔法陣を。



「ッ、!?」


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